Fragile

シティーハンターの二次小説を書いております。

Entries

はじめまして、でございます。

サバ猫と申します。
最近(2015年10月頃?)から、突然CHの中毒になりました。

かつて、アニメをテレビで見ていたくらいで原作は未読。
ドラマをやるというので、どんなんだっけ? と調べだしたら、なぜだか止まらなくなりました。
二次創作の皆様の作品を読み漁り、原作を大人買いして、今やどっぷりです。

読むだけでは飽き足らず、ついに自分でも書き始めてしまいました。
Pixivという投稿サイトで人様に読んでいただいたり、感想いただいたりして、ありがたさに涙目になりながら、自分の誤字脱字の多さに、さらに涙。
もうちょっと整理しようと、プログにすることにいたしました。

作品紹介を書きました。多過ぎて何を読んだらわからない! って方はこちらを覗いてみてください。
  ↓↓
「作品の簡単なご紹介」


##### 2016.8.12 追記 #####

当ブログのお話を年表に整理してみました。
こちらでご覧になれます。

##### 追記ここまで #####




##### 2016.6.27 追記 #####

書き始めたことろは、CHに派閥(?)があることを知りませんでした。
最近になりまして、私は根っからのサエバスキーであることが判明しましたので、追記いたします。
香あっての冴羽獠、というスタンスです。

当ブログでは、原作後と2016年の年齢を経た二人を創作しておりまして、小品もすべてこの世界観と時間軸の中で書いております。
子供まで作ってしまっておりますので、苦手な方はご注意ください。

##### 追記 ここまで#####


2016.4.22 リクエストについて追記しました。
2016.5.27 変更しました。


ご訪問いただいている皆様へ

ブログ開設しまして、1ヶ月半立ちました。
2016.4.20に1000パチ目をいただきまして、嬉しいコメントをいただきました。
感想をいただけると、妄想がさらに膨らみます!
憚りながら、キリ番リクを受け付けますので、パチとかカウンターで、これってキリよくね? と思われた方は、お話をリクエストしていただいてOKです。コメントとかメールでどうぞ!
ゾロ目とか連番みたいなのでも、個人的に「キリ」と思われたら、それで自己申告で。

ですが、以下、ご配慮ください。

・リクエスト内容は、当ブログの基本の二人の設定に読み替えさせて頂きます。(92年に結婚、98年に双子誕生、これは変更できません。)
・CH原作キャラならどのカップリングでもOKです。超脇役でも大丈夫です。
ですが、
・リョウちゃんが香以外とか、香がリョウちゃん以外はムリです。瞬間的にも書けませぬ!
・直接性描写もムリです。
ただし、
・パラレルのご要望はOKです。簡単な設定をいただけるので大丈夫です。
そして、
・AHはサバ猫的には存在しておりませんので、ご了承くださいorz

基本的には長編が好きなので(というか、気の利いたSSが書ける気がしない)、無駄に長いものになるかもしれませんが、喜んで書きます。
自分で書きたい連載の途中は、お時間を少々いただくかもしれませんが、ご了承ください。

###追記ここまで###





Attention!!
当ブログは、PCビューを推奨いたします。スマホ、ガラケーでも見にくい等ございましたら、ご連絡いただけまいさらできる限り対応いたしますが、私の環境的に難しいこともありますので、対応しきれないことがございます。申し訳ございません。

*原作者様とは当然ながらまったく関係がございません。
*原作イメージを大事にされている方には、閲覧をお勧めいたしません。
*当ブログの内容につきましては、作者、つまりサバ猫の想像の産物であり、完全なるフィクションです。
*誹謗中傷は小心者なので受け付けません。
*感想や励ましをいただけると、飛んで喜びます。
*一度、Pixivに投稿したものを、加筆・修正したものを基本的に上げて行く予定です(当面の方針です)。
 書く楽しさを投稿サイトで教えていただいたので、そちらのご縁をまずは大事にしたいと思っています。
*絵心はゼロですので、テキストオンリーでございます。
*原作からかけ離れたものは、能力的に書けないと思います。
*R指定が必要なものは、自分の能力を超えておりますので、書く予定はございません。

*AHについては、少しは読みましたが、今のところ設定が受け入れがたい人間です(スミマセン)。
*漢字表記が問題のリョウについては、当面はカタカナで表記いたします。
*基本的に、「リョウはかっこいい」と脳内で変換フィルタが働いている人間です。
*リョウと香の幸せを心から願っているので、悲しいお話も書けないと思います。

*コピー&ペーストはご遠慮ください。

これくらい、お断りしておけば大丈夫でしょうか?
ご助言いただけましたら、嬉しいです。

ありがたくも、当ブログにリンクいただく場合は、CH二次創作関連サイト様でしたら、リンクフリーです。
ご連絡には及びません。
これから素敵サイト様のリンクを作りますので、ご挨拶に伺うこともあるかと思います。
よろしくお願いいたします。


サイト名:Fragile
サイト管理者:サバ猫
URL: http://sabanekosan.blog.fc2.com/

                    2016.3.11 サバ猫 拝
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*CommentList

作品の簡単なご紹介

このサイトの作品たち(簡単なご紹介)
*作品が増えてきましたので、どれ読んだらいいの? って方にご案内を書いてみました。

「すべてはその一杯から」(長編/オムニバス/完結)
当サイトの基本となっている作品。すべての原点がここに。
冴子嬢の「三角関係」発言がどうしても受け入れられずに、原作初期を少々ねつ造し、「奥多摩後」の二人の物語を書きました。少しずつ寄り添う二人。その原点を一本の線でつなぐのは、槇村秀幸と冴子の想い出のバーと、そこで振る舞われた一杯のカクテル。そのカクテルはやがて、リョウと香の特別な一杯に-----


幕間ー「すべてはその一杯から」(中編2編/完結)
リョウと香の祝宴と、大切な大切な人との再会の物語。「すべてはその一杯から」からこぼれ落ちたお話です。


終幕ー「すべてはその一杯から」(中編1編/完結)
あらたな始まりの物語。様々な出会いと別れが冴羽リョウという男を形作った。香と新たな一歩を踏み出そうとする、その最初の一歩の物語。


「My Best Buddy」 (長編/完結)
リョウと香の子供たちは、2016年春、大学進学を控えていた。そこに呼び込まれた事件とはーーー全41話。
「もしもリョウと香が年齢を重ねていったら、こんな二人になっているかも」と、妄想を膨らまさせた物語。ダンディなリョウが国家を巻き込む大掛かりな事件を鋭く解決!
”お前こそ、オレの生涯最高のパートナーだ” ーMy Best Buddy……


「霧を超えて」(長編/完結)
子供が欲しいと言い出せない香、子供を持とうと決断できないリョウ。お互いを深く思いやりすぎる二人は、少しずつすれ違いはじめる。依頼遂行の過程で、香はリョウのもとを離れる決断をする。リョウは策略に巻き込まれ姿を消した。二人の運命は、まさにいま霧の中を進むーーー全29話。
”二度と銃口を人に向けるな。約束してくれ”ーーーリョウの想いは香に届くのか!?


「君に、愛を」(中編/完結)
1960年前後の京都と1997年の東京、この時空を結ぶものは? 二組の夫婦の愛情物語。
”私たちが息子に注いでやれなかった全ての愛を、君に託そう”……全11話。


キリリク作品(中編5編/完結)
リョウのドタバタコメディを含む中編たち。家族旅行に出かけたりもして、かなり自由です。二世たちのお話も。


花言葉のお題(1)(2)(お題コンプリート)
リョウと香の様々な時間を切り取ったショートストーリー。
「すべてはその一杯から」〜「My Best Buddy」のどこかの二人。双子も登場します!


「幼なじみの恋」(中編/連載停滞中)
リョウと香の長女槇村藍、ミック・エンジェルと名取かずえの長男ラルフ・エンジェル、二人は4歳年の差のある幼なじみ。
ラルフは藍の父親に怯えながらも、藍への愛を誓っている。二人の恋の行く末は!?


「色彩の美女」ー100のお題(更新中)
色にまつわるお話を100題。設定自由でいろいろな獠と香を描いています。
”phenomenon”と題して、「こんな奥多摩後のストーリーもあるかも」な物語を。恋をして、結ばれた後に襲い来る不安と、それに乗じるように何者かの襲撃にあい、凶弾に倒れた冴羽獠。寄り添う香は、獠の愛の大きさを知るーーー。


「新宿島物語」(パラレル長編/完結)
とある絶滅危惧種の保護活動に情熱を燃やす、生態学者冴羽獠の物語。他人を拒絶し、理想に生きようとする頑な心を癒すのは、一人の女学生だったーーー。全51話。
”愛を求める女を愛そうと思ったこともないし愛したこともない。だが、そんな女たちとはまったく違う槇村香。香はおのれを追いかけている。だがそれは、愛されたいからではないのだ。ただ、俺の側にいたいと言ってくれる。それは・・・それは、香が自分を無条件に愛してくれているからなのだろう?”
やがて開かれる心、未来へつながる物語へ。




自己紹介的に書いてみた。【同人サイト管理人に30の質問】

1.まずはあなたのH.N.をどうぞ。

サバ猫 と申します。サバ色の猫です。

2.サイト名は何ですか? 由来などもありましたら。

Fragile 壊れやすいモノという意味です。由来? なんとなくです。


3.サイトの開設日はいつですか?

2016.3.11 5年前の震災に追悼したのち、唐突に開設を思い立ちました。

4.あなたがサイトで扱っているジャンルはなんですか?

北条司先生の「シティーハンター」の二次創作(小説)です。

5.そのジャンルで扱っているコンテンツは? (ex.小説、イラスト)

小説オンリーです。絵心はゼロです。てか、たぶんマイナス行ってます。

6.作品について。 カップリングにはどのようなものがありますか?

リョウ*香 です。でも、原作登場人物は誰でも書けると思ってます。

7.作品について。 一番贔屓にしているキャラは誰ですか?

もちろん、リョウちゃんです。

8.作品について。 傾向は? (ex.ほのぼの、シリアス)

シリアス書きたいけど、書けない。ほのぼのはちょっと難しいかも。
いろいろ書いてみたいです。

9.作品について。 年齢制限はありますか?

まったくございません。
書いてる人間の精神年齢が低いので。。

10. 作品について。 書く(描く)上で気にかけていることは?

丁寧に書くこと。
愛を忘れないこと。

11. 作品について。 これからどんなものを書いて(描いて)みたいですか?

パラレルを書きたいという野望が。難しいと思うけれど。

12. あなたのサイトのイチ押し作品は?

おすすめできるものが書けるよう、頑張ります!

2017.2.14変更
君に、愛を。
パラレル的要素を含みながら、リョウの生い立ちをねつ造したという作品です。自分の書き方の一つのスタイルが、これで確立しました。
2016.5.9変更
ポーカーフェイス これが原点かと思います。

同窓会 は私自身とても楽しんで描いた作品で、好評のようです。


13. 更新予想頻度を教えてください。(不定期なら不定期と)

不定期です。週一くらいを目標、かな。

14. 今後のサイト運営方針は?(野望など)

とりあえず、続けること!

15. あなたの性別は?

男脳女脳で調べたら、男70%女30%でした。
一応、Femaleです。   

16. あなたの血液型は? それと同じキャラは思い当たりますか?

A型 キャラ? わかりません。

17. あなたの誕生日は? それと同じキャラはいますか?

8月19日 
ココ・シャネル、
9代目松本幸四郎(お誕生日にミュージカルを見にいったら、盛大に祝われて自分も嬉しくなったことがあります。)

18. 年齢、職業など、差し支えのない範囲で。

年齢は干支は3回以上は確実にまわってるってことで。
職業は、めっちゃ理系の技術系です。頭の中も、バリバリの理系です、と思ってます。


19. 出身地、活動範囲はどの辺ですか?

コスモポリタンということで。

20. 似ていると言われるキャラは? (顔でも性格でも)

ジブリに登場する5歳児くらいのキャラは、すべからく私をモデルにしていると思っております。

21. 好きなものを5つあげてみてください。(何でもいいです)
   
ワイン、猫、サッカー、自由、あとひとつ? わからん。。

22. 嫌いなものを5つあげてみてください。

人の噂話、自分勝手な人、使いっぱなしで放置されたコーヒーカップ、開けっ放しの引き出し、あと一つ? 特になし!

23. ハマりやすいキャラのタイプは?(萌ポイント)

ハードボイルド
アニメだと声がいいと、結構すぐはまる。声フェチです。


24. サイトで扱っているジャンル以外で話が通じるのは?

攻殻機動隊 特にアニメ版。神作品だと思ってます。タチコマのファンです。
鬼平犯科帳 鬼平は理想の上司。こんな人の下で仕事したい。
名探偵ポアロ 声はもちろん熊倉一雄さんで。灰色の脳細胞です。
十二国記 ファンタジーとかそんな枠はとっくに飛び越えた、傑作だと思ってます。


25. あなたのパソコン歴は?

Windows95から使ってます。


26. あなたのオタク歴は?

オタクなのでしょうか? だとしたら人生のほとんどだと思う。

27. 同人世界に足を突っ込んだキッカケは?

突っ込んだのでしょうか? ただ、書きたかったのです。

28. オタク関係以外の趣味は?

サッカー観戦 某J1チームの熱心なサポーターです。
スキー 下手の横好き。位置重力を弄ぶ感が好き。休憩にゲレンデでビール! これが最高です。
読書 乱読です。
DVD鑑賞 マニアックな映画が好き。

29 休日の過ごし方はどのようなものですか?

サッカー観戦 試合ある限り、できる限り参戦。忙しいです。
旅行 サッカー観戦かねていくことも多い。
温泉 秘湯巡り。そのうち温泉ソムリエをとりたい。
庭いじり ベニシアさんの庭を目標に、頑張ってます。
家庭菜園 おもに夏専門。野菜を育てるのは喜びです。
猫の世話 綺麗な猫と長年暮らしています。歳とって、いろいろと大変…。

30 最後に、読んでくれている人に愛の一言をどうぞ。

よろしくお願いいたします!



お題配布元
Tip Tap Toudie 第二基地(T×3第二基地)

作品年表 −ご参考に。

リョウと香の物語り;簡単な年表

tips


年代
物語りのタイトル
tips
1960年君に、愛を。リョウの両親の物語。
1997年の獠と香とリンクしていきます。
1985年
3月
ポーカーフェイス槇村秀幸との出会い。香との出会いの物語りを。
(1993年から回想)
1987年
晩秋
戸惑う心リョウと香、そして冴子の思いを。
1992年初夏空木花言葉のお題からー秘めたる恋
2012年彼岸花花言葉のお題で、槇兄のお墓参りの一コマを
1992年冬近付く二人「死なせやしないよ」の後日談。
1992年1月山葵花言葉のお題で、初めての朝を。
1992年2月スノードロップ花言葉のお題からー初恋のため息
1992年2月竜胆ちょっと弱気な獠を、花言葉のお題に寄せて。
1992年3月蒲公英花言葉のお題に寄せて、リョウの決意を。
1992年
初春
咲き誇る花リョウの重大を決断を。
1992年
初春
スイートピー花言葉のお題から二人の甘いひと時を。
1992年
2月
スノードロップ親友に追求されて赤面する香を、花言葉のお題のよせて。
1992年春それぞれの時刻(とき)恋が実る時、失う時を。
1992年春祝宴仲間達に見守れて。
1994年カモミール花言葉のお題によせて、獠と香の些細な喧嘩と仲直りのお話を。
1993年
新春
再会この人に、再び会わなければ二人の物語りは進みません。
1993年春解き放たれる闇一つの伝説の誕生? カクテルXYZのもう一つの物語り
1993年
初夏
邂逅多くの出会いと、そして未来へつながる物語り。
1993年
初夏
紫陽花花言葉のお題によせて、ミックの回想を。
1993年
晩秋
長編;「霧を超えてリョウと香の微妙なすれ違いを。
1994年オンシジウム花言葉のお題によせて、獠と香の映画のような日常の一コマを。
1997年君に、愛を。双子誕生の物語。
1998年
5月
金瘡小草二人の子供の名付けの物語りを、花言葉のお題によせて。
1998年
5月
布袋葵花言葉のお題で、出産間近の香を気遣うリョウを。
1998年
晩夏
新宿に戻る香を出迎えるリョウの想いを、花言葉にお題で。
1999年
3月
鷺草花言葉のお題で、比翼の鳥の二人を。
2002年5月花菖蒲花言葉ー嬉しい知らせ。獠の子育て日記?
2002年鳳仙花花言葉のお題によせて、孤独なリョウとその癒しを。
2002年ローズマリー花言葉のお題によせて、獠の追憶を。
2003年
8月
花火冴羽一家の初めての家族旅行。
2004年同窓会香を渋々同窓会に送り出したリョウが,散々な目に
2005麦藁菊リョウの過去と現在を、花言葉のお題によせて。
2006年リョウの授業参観?
マダム香の危険な午後!!
なんとしても授業参観に行きたいリョウ、ちょっと壊れてます。
2008年牛蒡花言葉のお題より。藍が猫を拾いました。
2012年パイナップル花言葉のお題から、スイーパー一家の午後の過ごし方?
2016年
3月
リョウのお誕生日に寄せて
2016年
3-4月
長編「My Best Buddy円熟した二人の物語り。長編ミステリーです。
2016年
7月
槇村秀のとある一日リョウと香の息子のとある一日を。
2016年夏藍とラルフの恋愛講座?
恋のレッスンは物理学とともに!
二人の娘とミックの長男の恋愛講座。
二人の恋の行方はいかに??
2021年頃七夕の出会い運命の人と出会う槇村秀の物語り(献上品)。今の所公開予定無し。




<番外>
獠と香のパラレルストーリー(長編)
新宿島物語」(pixivにて連載中

019 あずき

獠が恒例のナンパから自宅に帰ると、リビングの床に座り込んで香が裁縫をしている。

「何やってんだ?」

背後に回り込んで、ふわりと抱きしめるように腕を回して、首筋の鼻先を埋めた。

「邪魔しないで。今、針、使ってるんだから」

そっけない言い方に苦笑しつつ、ふっと耳もとに息をふきかける。とたんに、香のちょうどよいところにあったのだろう、獠の左手甲に縫い針がチュンと刺された。

「イテテ、カオリン酷い」
「酷いのはどっちよ」
「何、ナンパに行ったから、嫉妬してんの?」
「知らない!」

香はもちろん嫉妬している。そして獠もそれを分かっていて、やっているのだ。

「で? 何作ってるの?」
「お手玉」と香は不機嫌そうに答えた。

獠は獠で、一瞬思考が停止した。

お・て・だ・ま?

獠は脳内の辞書をくまなく検出するがみつからない。オテダマ、おてだま……

「何、それ?」

香の手が止まった。

「物知りなあんたが、信じられない。ほんとに知らないの?」
「知らん」
「じゃ、もうすぐできるから、待ってて。見せてあげる」

香は、最近キャッツの常連さんになった老夫婦と、ここのところ親しくしているのだ。もう連れ添って半世紀をゆうに超えたという夫婦の暖かな雰囲気が好きで、香は時折おしゃべりを楽しんでいた。聞けば、夫のほうはかつて外国航路の船長で、つい数年前まで東京湾で水先案内人をやっていたのだという。海が好きで、船を降りた後も海の仕事がやめられない夫に苦笑しつつ心配しつつ(水先案内人はそれなりに危険と隣り合わせの仕事なのだそうだ)、夫を支えてきたと穏やかに話す夫人は、それでも、「若い頃はこの人は女癖が悪くて」と可愛らしく笑うのだ。
その夫人が、最近、細かいものがよく見えなくて、玄孫にお手玉を作ってあげたいのにそれも難しいと言っているのを聞いて、香はぜひ私に作らせてくださいと申し出ていたのだった。

香も、小さな頃にお手玉で遊んだことがある。兄秀幸は手先が器用で、ご近所のおばさんから色とりどりのはぎれを貰ってきて、3つ、4つと縫ってくれたのだ。中にいれるのは、ジュズダマ(数珠玉)がいいのだと言って、非番の日に手をつないで多摩川河川敷まででかけたこともある。日が暮れるギリギリまでジュズダマを採って、それを家で乾かして……毎日どんどん乾燥していくのを眺めたのも、香には良い思い出だ。

獠は背後から腕を回したまま、覗き込むように、香の手先を眺めている。チクチクとリズムを刻んで、布と布が縫い合わされていくのが、何か面白い。だが、香がずっと縫い物に集中しているのがちょっとつまらない。

「獠、ちょっと邪魔よ?」

香は苦笑気味に零した。

「だって、つまらないんだもん」

獠の子供っぽい言い方に、香はさらに苦笑する。

「だったらナンパなんか行かないで、家にいたらいいじゃない」
「そんなわけにはいかないさ。ナンパは俺の大事な仕事。これで意外と世の中の情勢が、分かるんだから」
「また適当なこと言って、あんたは美女が好きなだけでしょうが」
「それは認める。だからカオリンが大好きだ」

香は針を止めた。そしてまたしても、針でチクリと獠の手の甲を指した。

「いってぇなぁ」と言いながらも、獠は腕は解かない。だって、嘘は一つも言っていないのだからと、獠は思っているのだ。見ると、香の首筋がほんのりと赤くなっている。

「なに、香ちゃん、照れちゃった?」

こんなふうにイチャついて過ごすようになって、もう何年にもなるというのに、香の照れ屋さん具合はいっこうに治らない。そんなことも、実は獠は可愛いと思っている。

「うるさい。ね、テーブルの上の買い物袋、とって」

言われて小さな白い袋に手を伸ばして、獠は香に手渡した。袋から出されたそれは……。

「あずき?」

獠は目をしばたいて訊ねた。

「これをね、入れるのよ。本当はジュズダマがいいんだけど……」
「数珠玉って、あの葬式とかで使うヤツ?」
「そうじゃなくて、そういう植物があるの。ふふ、獠が知らないものがあるなんて、なんだかおかしい。いつもいつもどうでもいいことをよく知ってるくせに。とにかく、小さくて固いものを中につめるの。今回はあずきで代用。でも、別になんだっていいのよ」

そう言いながら、香は小さな袋に赤紫色のあずきを詰めて行く。

「詰め過ぎもダメなの」
「ふうん」

香は仮止めした小さな布袋を、片手でポンポンと掌で受け止めて、感触を確かめてから、またしても縫い物作業に入った。

「何の道具かさっぱりわからん」

今度は獠は床に腹這いに寝転んで、肩肘をついて自身を支えて香の手先を見ている。

「道具? そうじゃなくて、これは子供のおもちゃよ」
「こどもっ!?」

獠は慌てて身体を起こして香の肩を両肩を掴んだ。

「香、まさかできたんか?」
「へ?」
「こどもだよ、ガキができたんかって聞いてるんだ」

真剣な表情の獠がおかしくて、香はぷっと吹き出した。

「違うわよ。いきなり想像飛躍し過ぎ。それよりなに? 獠は子供が欲しいの?」
「いや、そういうわけじゃないが、もしもできたら、ちゃんと言って欲しいからさ」

最後は小さな声になっていった。

「そういうときは、ちゃんと言うわよ」と香は目を伏せた。獠には、ずっと以前から、子供ができたらそれでかまわないからと言われているのだ。だが、香はピルをやめてはいない。そう言ってくれた獠の優しさが嬉しい。子供が欲しい気持ちもある。けれど、香は踏ん切れないのだ。
かつて、自分は一生殺し屋稼業だし、家族は一人しか守れないと言っていた獠は、本気だった。普段の99パーセントの行動がふざけているが、残りの1パーセントが獠の本心だ。「家族は一人しか守れない」は、その1パーセント。せめて自分もたった一人の家族を守れると自信が持てたら、獠と二人でその「たった一人」を守ることができるのにーーー。今は、自分を守るので精一杯な香なのだ。

つまらない考えだーーー
香は小さくかぶりを降って、お手玉作りを再開した。そうして出来上がったのは、5つの色とりどりのお手玉。香はそれを最初は二つを右左それぞれの手でとって、片方で投げて別の手ででうけとり……最初はゆっくりと、やがてリズムに乗って、お手玉が飛び始めた。

「ほう……」

獠は座り直して、クルクル飛ぶお手玉を見つめた。

「3つもできるかな? 昔はできたけれど」

そう言って、香は一つ増やした。落ちてきたお手玉のキャッチと同時にもう一つを投げる、このタイミングが最初はうまくいかなかったが、何度か落下を繰り返すうちに、調子良く投げ始めた。

「あれ? カオリン、左利き?」

獠は気がついて言った。お手玉がぼたぼたと香の膝に落ちた。

「左利き?」
「だって、左で投げて右手で受けてるぞ?」
「え? あれ?」
「俺にも貸して?」
「え、あ、はい」

そう言って、獠はまず二個投げを右手で投げて左手で受け取る、という要領で始めた。

「これでいいんだろう?」
「そう」

それから、3個に増やしても、獠は器用にそれをこなした。

「ようするにこれはジャグリングだな。ちょっと軽過ぎるが、5個もいけそうだ」と言って、器用にお手玉をなげはじめた。香にはもうお手玉の軌道が見えないが、確かに5つ飛んでいる。

「獠ってほんと器用ね……」と香が呆れていると、獠が最後は5個すべてを順番に左手でキャッチした。

「ほんで? これをどうするんだ?」
「プレゼントするのよ、素敵なご夫婦に」
「ふうん」

これからキャッツに行くというので、完成したばかりのお手玉を小さな手提げバッグにいれて、二人は出かけた。獠はこなくていいと香は言ったのだが、「ほんとに夫婦なのか怪しいもんだ」と獠は嘯いて、ついてきたのだ。

チリリンとドアベルを鳴らして、キャッツのガラス戸を開けると、ボックス席の老夫婦の視線にすぐ気がついた。
「水島さん、お約束のもの、出来上がりましたから」と香が近付いていく。
獠はいつものカウンター席に腰掛けて、コーヒーをオーダーした。
香はボックス席に腰掛けて、にこやかに談笑をはじめた。水島のおばあちゃんは、お手玉を手にとって、よくできてますことと微笑んだ。そして、「中身は、あずき?」と問いかける。
「ジュズダマを探すのは、ちょっと諦めました」と、香は申し訳なさそうに言うと、とんでもない、いまどきは工業製品みたなものばかりなのに、あずきで作ってもらったので十分だし、それにむしろ縁起もよいと、老婦人は喜んだ。
「縁起が良い?」
「お若い方には縁がない話ですからご存じないでしょうが、その昔は、もしものときの非常食用にと、お手玉にあずきを縫い込んだんですよ。あずきは貴重なものでしたから。子供の無事な成長を願う、そんな親心ですわね」

そんな会話を、地獄耳の獠は聞くともなしに聞いている。

水島氏のほうが、お手玉のお礼にとテーブルに白い封筒を差し出した。
「ご主人と、どうぞ」と、チラリと獠の背中に視線を送った。
香は恐縮したが、ぜひにうけとってくれ、伝手で手に入れたものだから元手はかかってないからと押し付けられた。封筒の中身は、東京湾のディナークルーズの招待券だった。
「東京湾は私の庭だから、そんなクルーズ船でなく直接ご案内したいところだが、船を降りた身なのでこれで許して欲しい」と頭を下げられて、香はさらに恐縮した。だから、獠を呼んだ。せめて礼を尽くさねば。
「獠、ちょっと来て」
成り行きはすべて聞いていた獠だが、初めて気がついたフリをして、少し面倒くさそうに立ち上がってボックス席に向かった。
「えっと、これが……その……」
香は普段仕事の時は「パートナーの冴羽獠です」と紹介するのだが、仕事を離れたこの老夫婦にどう紹介したものかと、少し悩んだ。
獠はコホンと咳払いして、「妻の香がお世話になっているようで」と珍しく丁寧に挨拶をした。
ーーーつ、つま、妻ですって! と香は内心焦る。そんな風に言われたことなど、一度もないのだから。でも、自分たちはそういうことでいいのだろうと急いで心を落ち着けた。
「冴羽獠と言います」と獠は頭を下げた。
「冴羽さん、お世話になったのはこちらのほうだ。この歳になると、ひとさまからの親切は本当に心に滲みる。香さんの優しさが、素直に伝わってきました」
「こいつはおせっかいな所があるんですが、お役に立てたのならよかった」
「獠、でもこんなお礼を頂いてしまって」とディナークルーズの招待券を差し出した。
「素直に受け取っておけ。ところで、船の関連の仕事をしてたのか?」と獠は腰掛けて水島氏に問いかけた。
「長らく外国航路を。最後は船長で船を降りました」
「すごいな。外洋航路の船長なんて簡単になれるものじゃない」
「海が好きでしたから、ずっと乗っていたらそんなことになりました」と紳士然と微笑むのを、横から夫人が口を挟んだ。
「何を言うんですか。あなたが好きだったのは、港で待っている姫君の皆さんでしょうが」と笑うのだ。
「おい、なんてこと言うんだ。人様の前で」
「だって真実です。取り繕っても……ねぇ、香さん?」
突然振られた香は曖昧に笑った。水島氏の現役時代のドンファンぶりは、何度も聞かされていた香だ。
「女はこうやって根に持つから嫌になる。ただの嗜みなのに……そうは思いませんか、冴羽さん?」
問われた獠は苦笑するしかない。自分もいまだに女好きが止まらないのだから。

目の前の夫婦には、玄孫がいるという。ということは、曾孫、孫、子供といるわけで、なんだかんだ言って、仲睦まじい夫婦なのだろうと、獠は思う。留守がちな夫にかわって、家を守ってきた強さが、この小柄な夫人にあると思うと、何か不思議な気がした。しなやかに生きる、そういうことなのだろうと獠は想像を廻らせた。

老夫婦との会話で、獠は何か非常にリラックスするものを感じた。
香が思わずお手玉制作を買って出た気持ちも、よく理解できた気がした。
夫婦に別れの挨拶をして、なにとはなしに帰りは手をつないで歩いた。

「な、俺らもあんなふうに歳をとれるかなぁ」

香はそれには返事をせずに、黙って獠を見上げた。穏やかな老後なんて、まだ考える歳じゃないじゃない! そうやって笑い飛ばしたいけれど、でも、いつかきっと考えなければならないのだろう。獠の手を強く握りしめた。

「まぁ、だがその前に、今を楽しまなくっちゃなぁ……」

そう言って明るく言った獠が、一転して真面目な声で零した。

「香、俺、もうとっくに覚悟できてるから。逃げんなよ?」
「逃げる? 私が??」
「そ。俺たちの未来から、逃げるな。香が今のままでいいなら、俺はそれでいい。だが、もっと違うことを願うなら、それでも構わない。俺がすべてを守るから。だから逃げるな」
「……」
「俺が気がついてないわけ、ないだろうが……」
「……うん」

香が踏ん切りがつかないで、ピルを辞めていないことを言っているのだろう。

「……さっきの爺さん、水先案内人をやってたと言ってたろう? それって簡単なことじゃないだ。そもそも長い船乗りのキャリアが必要で、かつ国家試験だから難易度も高い。おいそれと取れる資格じゃないし、船乗りにとってはとる必要もない資格だ。だから、本当に海が好きなんだろうさ」
そんな生き方ができるのも、ああやって寄り添う妻の存在があればこそなのだろうと獠は思う。
ーーー自分も、そう変わらない。
「どんな仕事なの?」と香が訊ねた。
そうだろう、「水先案内人」なんて仕事は、海に関係してないければなかなか馴染みのある仕事ではない。
「ディナークルーズに行った時に、仕事してる姿が見れるだろうが……港に入って来る大型船を、安全に桟橋に導く仕事だ。あるいはその逆。港湾から安全な場所まで大型船を案内する仕事だ。パイロットと呼んだりする。湾内の海底地形は、すべて海図で頭に入っているっていうぜ。海の航行に必要な法律知識、気象に関する知識、その他すべてのプロフェッショナルだ」

言いながら、獠はふと、自分がこの国に密入国をしてきたときのことを思い出していた。
船内ではいくらでも誤摩化しようがあったが、降りる時だけは特別な手段が必要だと思っていた。貨物にまぎれるのも、人に紛れるのも容易ではないのだから。着けば何とかなるだろうと、だが考えも浮かばぬうちに東京湾に入った。しばらく港湾外で停泊しているのに気がついて、そっと外を見ると、パイロットの小さな船が横付けになっているのが見える。船という空間は、基本的には国際法によって守られた船長の管理下にあるが、パイロットが乗り込んでからは、指揮権はそのパイロットに移されるのだ。船長といえども、いったんパイロットを乗せた以上、この案内に異議を唱えることは許されない。多くの船が行き交い、複雑な海底地形の湾内を安全に進むためのプロフェッショナルが、このパイロットなのだから。
獠は、このパイロットの小型船に目を付けた。あれにうまく乗り込めば、怪しまれずに港までいけるーーーなんなら、乗っている人間をすべて海に沈めて、何食わぬ顔で接岸すればいい、獠はそう思っていた。

だが、結果的に言えば、獠は水先案内人に救われたのだ。
パイソンで脅そうとしたところ、そんなもんはしまっとけとぶっきらぼうに言われ、ここに隠れとけと小型船の小さなもの入れに押し込められた。なぜだか逆らえず、しかも、警察や入管に通報されたら一環の終わりだと頭では思うのに、言われるままに従った。身を潜めながらのアメリカからの2週間の船旅は、それなりに心身に堪えていたのだ。
何時間かその空間で縮こまっていると、ドアが開けられた。

「もう、出ていいぞ」

言葉の意味は分かったが、とっさに言葉が出てこない。日本語を忘れているのだと、獠はこのとき初めて気がついた。無言の獠に、言葉が通じないのかと、男は英語で同じことを言った。
獠はゆっくりと物入れから出て身体を伸ばした。

”So, what will happen next?”
(それで、俺はどうなる?)
”Nothing.. you will be free, you can go anywhare you want.”
(どうにも。好きな所に行けばいいさ)
“But Why? You did’t get anything or any gain…”
(だがなぜだ。あんたの一文の得にもならないことを……)
“I don’t know, just do I want to do.”
(さてね、やりたいようにやっただけだ)

男は最後は肩を竦めてみせた。助けるギリなどなにもないし、本来なら通報すべき立ち場なのだ。それなのに、自分を見逃すという男が獠にはまったく理解できないが、だが、この機を逃したら日本上陸は不可能だろう。それ以上問わず、獠は港の闇に紛れて、自分が生まれたという国の土を、はじめて踏んだのだった。

獠はふと足を止めた。
ーーーあの時の水先案内人……。
おぼろげに顔を思い出せる。

水島氏をもう少し若くして髪も黒くすると……似ている……気がするのだ。

「……まさか、な」

香が獠を見上げた。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない。ディナークルーズ、良かったな。一度行ってみたいと言ってたじゃないか」

香が嬉しそうに頷いた。

「私ね、左利きでは、やっぱりないと思う」

お手玉の件を言っているのかと、獠は思い出して、話の続きを待った。

「公園で、一人でお手玉をやっていたことがあるの。でも、一人ではやり方がわからなくて……」

優しげな夫人が近付いて、お嬢ちゃん一人なの? と問いかけられた。それからベンチの隣に座って、一から丁寧に香に教えてくれたのだ。

「その時の人が左利きで、だからそのまま真似たのだと思う」
「そうか……。香、子供んとき、寂しかった?」
「全然! アニキもいたし、いつもはお友達だって……」

だけれど時折、それがどういう日かは子供の香には分からなかったけれど、独ぼっちになってしまう日があった。
獠は思う。自分とて、戦場しか知らない身だ。だからなんの想像もできないが、香がまったく寂しくなかったというのは、きっと強がりなのだろう。寂しいということで、兄を悲しませるのが嫌だ、そういう考え方をするやつなのだから。だから、自分には寂しいと言っていいと、獠はいつも思っている。

「せっかくだからさ、クルーズディナーのあとは、どっか豪華ホテルとろうぜ。そんでもって盛大にモッコリ!」
「うちにそんなお金はありあません!」
「香ちゃんのケチ!」
「ないものはないのよ。獠が仕事を選り好みするから」

獠は苦笑しながらつないだ手をくいと自分のほうへ引き寄せて、胸に収めた。もう、二人はアパートの前に立っている。

「獠?」

香が驚いた目をして小首を傾げがちに、自分を見上げている。
獠はゆっくりと瞳を閉じて、口付けた。
人目がある……香は焦るが、獠の唇の柔らかな感覚に酔いしれた。ゆっくりと離れていく唇が名残惜しいとつないだままの手にぎゅっと力を込めた。

「俺の予想ではさ、明日あたり大きな依頼が来る。それを割増料金で引き受けて、それで豪華ホテルに行こう」
「依頼、来るの? それに割増料金って……」
「来る。俺の予感は絶対だ。いつもの倍速で依頼を片付けてやるから」
「男の人からでの依頼でも?」

獠は無言で頷いた。

「本当?」と香は疑わしげに獠を見上げた。
「ほんとに本当だ」

そう言って、獠は香の耳元に口を寄せると何事かを囁いた。
言われた香は、目を見開いたかと思うと、そこにみるみると涙が膨れ上がり、それはやがて美しい雫となってこぼれ落ちた。

「泣くやつがあるか」
「だって」
「ずっと言ってやれなくてすまなかった」
「だからって、こんなところで」
「俺はそういう男だから」と獠は苦笑した。




ーーー香、ちゃんとした結婚も、結婚式も、なんにもやってやれなくてすまない。だが、俺はずっとお前を生涯の伴侶だと思ってきたし、これからもそうだ。だから、一度だけでいい。区切りの夜を過ごそう。それが、俺のささやかな願いだ。俺の願い、香にしか叶えられないから。望むばかりで、すまないーーー




獠の我侭はいまに始まったことじゃない。自分勝手で、身勝手で、だけどそんな獠が自分は好きなのだと、香は思う。一緒に生きていけるなら、何もいらないと本当に思っていた。なんの証も、形も、必要ない。ただ、私たちがこうしていることが、事実だから。
だけど、獠がちゃんと言葉にしてくれたことが、嬉しい。
もう、本当に他にはなにもいらないーーー





***

その夜、水島夫妻は自宅の洋間で向かい合って紅茶を飲んでいた。

「以前、そうだな、もう15年、いや20年近く前になるだろうか。私は犯罪を犯したんだ」
「……犯罪、ですか?」

唐突な夫の言葉に夫人は眉を顰めた。

「そう。いずれにせよ、公訴時効が成立したろうから、君に話そう」
「いいですよ、そんなこと」
「いや、よくない。……今日のご夫婦、なかなかお似合いだったな」
「そうですね。苗字が違うから、何かご事情があるのかもしれませんが、とてもよくお似合いで」
「私は彼を実は知っていたよ」
「彼って、冴羽さんを?」

水島氏は頷いた。

「だが、名前は今日初めて知った」

それから東京湾での顛末を夫人に話したのだった。どうやら、無断で船に乗り込んで日本に来たようであったこと、銃を持ってはいたが、なぜか恐怖を感じなかったこと、何より、その暗い瞳に吸い寄せられたことーーー

「吸い寄せられた?」
「うまく表現できないんだが……誰かがこの男を生かさなければならない、今、それができるのは自分だと、なぜか思った」
「まぁ……そんなことが」
「今日、あの時の男だと、すぐにわかったよ。雰囲気も何もかも違うのに、すぐに分かった」
「だったら言って差し上げればよかったのに」

夫人は微笑んで左手でティーカップを優雅に持ち上げた。

「言えるものか。人には忘れた方がいい歴史もあるんだ。だが、私のやったことは間違いではなかったと、今日確信を持てた」
「そうですか……私も、今日、ふと思い出したことが」
「なに?」
「20年以上前ですが、あなたがもう何度目かもしれない浮気をなさって」
「おい」
「確か、最後の航海に出られたていたときのことです」
「あぁ、あのときか」

自分の留守中に、スペイン系の女が幼子を連れて自宅を急襲した事件を、水島氏は思い出していた。
結局、弁護士を立て、子供はDNA鑑定で赤の他人と判明したのだが、夫人がそのやりとりの心労で疲労しきっていたことを、水島氏は知っている。

「もうなにもかも嫌になりまして、家を飛び出したことがあります」

それは初耳だと、水島氏は妻をマジマジと見つめた。

「飛び出すと言っても、気持ちだけというか、とにかく家を出て一人で考えたかった。それで何も考えずに適当に歩き回ったんです。そうしたら、もう夕暮れが近いというのに、小さな女の子が公園のベンチでお手玉を練習しているのをみかけたのです」

そうして、なんとなく吸い寄せられるように少女に近付いたのだ。隣に腰掛けると、無邪気に自分を見上げて来る。瞳が夕陽のせいだけでなく、少し薄茶のようでキラキラと輝いてーーー

「手にしていたお手玉は、手作りなんですがちょっと不器用な針使いで、でも、手に持った感触で中はジュズダマと分かりました。当時、自然のジュズダマを手に入れることは、そう簡単なことではありません。いえ、手間がかかると言った方がいいでしょうか」

お手玉、おばさんが教えてあげようか? というと、少女は満面の笑みで頷いた。
それから、暗くなるまで夫人は丁寧にお手玉を教えた。

「やがて、その子の身内の方でしょう。父親というにはうんと若い方が現れまして、そう、確か、”かおり、心配したぞ” と、確か……」

情景を思い出したら、自然にその名前も思い出された。

「かおり……まさか、香さん?」
「分かりません。でも、私はその少女に何か慰められました。独ぼっちで公園にいなければならなかった理由が、きっとあったはずなのです。でも、そんな素振りもなく……そして、最後はありがとうと満面の笑顔で私に挨拶して、その男性と手をつないで去っていきました」

浮気なんで昨日今日始まったことじゃないと、何かふっきれて、いつものように家に帰ることができたのだ。
心は目には見えないけれど、例えばほんの手遊びで作ったお手玉に、ジュズダマを詰めてあげるような、そんな些細な優しさが少女に注がれているからこその、とびきりの笑顔……。

「あの少女に会わなければ、私はもっと思いつめて、あなたに離婚を切り出していたかもしれません」
「おいおい」
「大袈裟でなく、それくらい思いつめていた心を、あの少女が解してくれました」

しばらく想い想いに紅茶を飲んで、まるで総括するように水島氏は零した。

「ディナークルーズ、楽しんでもらえるといいんだが」
「そう、ですわね」


***


翌日、獠と香は大げんかをした。

「獠の嘘つき! 男からの依頼も受けるって言ったじゃない!!!」
「言ったが、あれはダメだ」
「なーんでよ! 獠の、大嘘つき!」
「あのタイプは必ず香に惚れる。だからダメだ」
「何よそれ」
「おま、いい加減自覚持てよ。弱ってる依頼人に優しくして、何度惚れられた? その度に俺は」
「だって、仕方ないじゃない。落ち込んでる人には、優しくしてあげないと」

獠は盛大に溜息をついた。落ち込みたいのは自分の方だ。香が勝手に引き受けてくる男の依頼も、実は獠はこれまでに文句を言いつつ何度もこないしている。その度に、依頼人は香に惚れ、事件解決後にすっかり元気になると、「香さんは、こんなヤクザな男と一緒にいてはいけない!」と言い出すのだ。
そんなとき、獠はいつも泣きたくなるのだ。
ーーーそんなことは俺が一番知ってるんだ。お前なんかに言われなくても、俺が一番よーく知っている。
だが、当然香をよその男にくれてやるわけがなく、その度に、いやがる香に最終宣告をさせる。
「私は獠と一緒にいたいから」と。
そして、男たちは仕方なく引き下がる。
「ですが冴羽さん、覚えておいてください。もしも香さんを泣かせるようなことがあったら、僕が必ず迎えに来ますから」
この捨て台詞を何度聞いたことか。

獠自身はいい加減オッサンになってきているので、実は女性の依頼人には以前ほど簡単には惚れられたりはしない。それに、傍に寄り添う香の存在がブレーキとなって、穏便に依頼完了まで進むのだ。それなのに。

「香、俺の願いを叶えてくれるって言ったよな?」

獠は状況をもう少し香が理解すべきだと、昨日の雰囲気に戻そうと試みた。

「約束を守れない人のことなんて、知らない!」

ぷいとそっぽを向いた香に、獠は苦笑する。
勝手にしろ、そう言いたいが、惚れた弱みでそうもいかない。

「……わかったよ。うけていいよ」

獠の言葉に香はとたんに笑顔になって、「本当?」といいながら首筋に抱きついた。

「本当だ。今から電話してやれ。依頼、うけますって」
「そうするわ。大好き、獠!」

そう言って唇にチュッとキスを落とした。

「おまぁ……ほんとゲンキンなヤツだな。キャラ、変わってるぞ?」
「そ? 獠がこんな私にしたんだと思うけれど?」
「……それを言ってくれるなよ。それより、約束」
「分かってる。ディナークルーズと高級ホテルでしょ?」
「そ」
「獠って意外とロマンティストね」
「そうさ。今頃気付いたか? そうだ。依頼を受ける条件をもう一つ、出しとくよ」
「なに?」
「今日からピル服用停止。手持ちの、全部俺に渡せ」
「それって?」
「わかんねぇやつだな」

獠は耳元に口を寄せて囁いた。

ーーーしばらく、子づくりしてみよう。それで授かったらそれでいいじゃないか。子供ができれば、もしかしたら将来は孫にだって会えるかもしれない。そんなごく普通の人生を、少しだけでいい、夢見させてくれ……

曾孫だって玄孫だって、そう思いながら、獠はぎゅっと香を抱きしめた。
水島夫妻のように、共白髪までーーーそんなのもきっと悪くない。

獠は心の底からそう思った。







おしまい

獠の密入国ストーリーを保存するための、SS。
水先案内人を使う、というのは我ながらありえそうだし、駆け引きをもっと書いたら面白い……と思うので、いつか長編の一部にしたいと思っとります。



*CommentList

070 青の焔

黒い海から続いております。
phenomenon シリーズ、最終話です。




世にいうところの大型連休が差し迫った日、獠は彫金師の周さんから、指輪が仕上がったとの連絡を受けていた。
一ヶ月前に負った傷はすっかり癒え、1番の問題だった左脚もほぼ完治している。驚異的な回復力と言っていいだろう。
つい先ごろ、獠と香は伝言板経由の簡単なボディーガードの仕事も終え、シティーハンターとしても通常業務に戻っている。

この日、獠は香を伴って、徒歩で周さんの時計店へ向かった。

「自分で言うのもなんだが、会心の出来だよ」と、周さんはジュエリーケースを開いた状態でガラスのショーケースの上に置いた。大粒のアクアマリンに添石のダイヤが上品に配置され、プラチナのカーブが優美な輝きを放っている。
香は食い入るようにその指輪を見つめたかと思うと、獠をゆっくりと見上げた。香の視線を受けて、獠は「はめてみろよ」と少しぶっきらぼうに言った。注文に来た時には、ある意味、精神的にも体力的にも限界で、今贈らないでいつ贈る? と言う具合に必死だったので、恥ずかしさを感じなかったが、完全に体調が戻った今、持ち前の天邪鬼と羞恥心が獠を追い詰めている。だからこの日、香一人にとりに行かせても良かったのだが、獠には予感があった。
ーーーヤツが、そろそろ現われる。

香は、そっと手を伸ばしてジュエリーケースを掌に載せた。しばらくそれを見つめ、再び獠を見上げた。訴えかけるようなその瞳の意味が、わからぬ獠でない。初めての大きな贈り物なのだからーーーだが。
周さんはそんな二人の様子を見て、コホンと咳を一つして、「茶でも入れてこよう」と、番台を立ち上がって、店の奥に姿を消した。獠は苦笑するーーーへんな気を使いやがって。

「貸してみな」

さらにぶっきらぼうな声で獠は発して、香の手からケースごと指輪を奪い、無造作にそれを取り出した。
少し考えて、獠はかるく深呼吸して心を落ち着けた。
ーーー槇村に誓ったろう? 香を幸せにするんだろう? ちゃんと約束を果たせよ。こんなこともできないくらいじゃ、この先がねぇぞ。

指輪をしげしげと見つめ、このアクアマリンのーーー香の輝きを守るのだと改めて言い聞かせる。

「香、誕生日に間に合わずすまなかったが、おめでとう。そして、これからも俺とともに」
そう言って、香の左手をとり、ゆっくりと指輪を薬指にはめた。思った通り、いや、思った以上に香の細い指に指輪が映えた。
ーーーやはり、この手は銃器を扱わせてよい手ではない。
獠は改めてそう思う。

「獠、ありがとう。私……」

言葉を詰まらせた香に目を細めた。

「何も言わないでいい。いや、何も言うな。礼を言ったことを、後悔させたくないんだ」
「りょぉ……」

香はこんなときに言葉が何も出てこない自分に、少し苛立った。
獠が好きだ。獠を愛している。
この人のためならば、命を差し出しても惜しくはないーーー
けれど、獠は自分が生きることを願うだろう。だから、獠のために生きる、それを伝えなければならない。
添石のダイヤは獠の貴い精神だ。他人のために戦うことのできる、真の男の気高さ。それを自分が曇らせてはならない、この獠の輝きを。

それになによりーーーこんなにも、こんなにも愛されている。
言葉はぶっきらぼうで相変わらずだけれど、香は痛いほど獠の思いがわかるのだ。形に気持ちを託すのは嫌だと獠は言った。けれど、このアクアマリンのリングは、間違いなく私たちの絆だ。

「りょぉ、今、私、あなたに飛びつきたいんだけど、いい?」

獠は困ったように小首さを傾げて、両腕を広げて見せた。
香は言葉とは裏腹に飛びつくことはせず、一歩近づいて、額をコツンと獠の胸に押し当てた。すぐに左腕が静かに香の背に回された。その姿勢のまま、香は獠の鼓動に耳をすます。

私のために、生きて。

 違う……私と、生きよう。

二人はしばらくそのままでいたが、やがてコホンと咳払いして、獠は話し始めた。

「香、今日はこのまままっすぐ家に帰れ。そして、戻ったら一歩も外に出るんじゃない。分かったな?」
「獠は? 獠は帰らないの?」
「すまんが、ちょっと歌舞伎町のおねーさん方に用があるんだ。これも商売のネタだから、今日は見逃してくれ。いいな?」

そう言って前髪をクシャリとした獠は、いつもの獠だった。
そこに周さんが戻ってきて、鎌倉彫のお盆に載せた緑茶を運んできた。

「気に入ってもらえたかね?」

慌てて獠から離れた香が、向き直った。

「本当に、ありがとうございました」とペコリと頭を下げた。

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。久しぶりにいい仕事をさせてもらったから」

自分で入れた茶を一口啜り、「獠ちゃんも、一つどうかね」と視線を上げずに呟いた。

「西洋の人は、よくこんなもんを考えたね。実は指輪が日本定着した歴史は、ごく浅いんだ。鎖国が終わって日本に西洋のいろんなもんが入ってきた明治時代以降のこと。しかも結婚指輪となると、もっと歴史が浅い」

周さんはちらりと獠に視線を送って続けた。

「だが、文化や宗教を超えて、意外と 日本人の心にも馴染むものであるようだ。難しいこと抜きにして、作ってはどうだい?」
「……なんだい、周さん。今日はやけに饒舌じゃないか」と獠は答える。自分が何か物欲しげなのかと、内心苦笑しているのだが。
「獠ちゃん、俺もだてに歳くってねぇし、分かるんだ。この前の怪我とかさ、獠ちゃんはいろいろあるんだろう。だから、きっと俺らみたいな通り一遍等のハレタ惚れたじゃいかないのかもってことぐらいは分かるんだ。だが、獠ちゃんの想い、香ちゃんの想い……それは本物だろう。指輪ぐらいで助けになるなら、俺が力になろう。というか、これが獠ちゃんへの恩返しになるように思う」

周さんはかつて、獠に文字通りその腕を救われた大恩がある。ひょんなことでそうと知らずにヤクザの仕事を引き受け、それを途中で宝石のロンダリングだと気がついた周さんは、仕事を断った。その際、比喩でなく腕を落とされかかったのを、獠が助けたのだった。そのまま山梨の田舎に帰るというのを、獠がこの新宿5丁目の時計店を紹介した。後継者がおらず、閉店するところだった、やはりもと彫金師の時計店だ。新宿には、闇商売を引き受ける店は五万とある。この店もそんな店のひとつだ。だが、真に汚い仕事は絶対にしない、そういう店だ。新宿はいろいろな事情を抱えた人びとの街なのだから。

周さんは思い出す。
「あんたの腕が、この街では役に立つかもしれん」
そう、獠に言われた日を。
「それに、俺みたいな商売してると、周さんみたいな人がこの街にいてくれるといろいろ便利なんだ」と、少し照れ臭そうに笑った獠。
ジュエリーで道を外しかける新宿の女たちを救うことにもなると言われ、正規の古物商のライセンスと目利きと腕前を生かして、以来この地で商売を張っている。

「香?、どうだ? 作ってみるか?」
「……何を?」
香は話が見えていない。
「俺とお前が生涯のパートナーである証を、この周さんが作ってくれるって言ってるんだ」
「それって?」
「無理にじゃなくていい。だいたい、俺は戸籍も何もない死んだも同じ人間だから」

香の目尻からみるみる涙が溢れ出した。意味は分かった。だけれど。

「獠は…りょぉはどうしていつもそうなの? いつもいつも…… 獠はここにこうやって、ちゃんといるじゃない。私の目の前にこうやって立ってる獠が、私の大好きな獠だよ……」

人前であるにも関わらず、思わず溢れた言葉だった。
”人並みの幸せを一つも与えてやれない”、が獠のこのところの口癖なのだ。
香が欲しいものは、人並みのものなどではけしてないのに。

獠は涙をぬぐってやりながら、「香……」と囁いた。
今度は香は毅然と顔をあげ、周さんに顔を向けた。

「周さん、私たちに結婚指輪を。ごくシンプルなものでいいの。獠と私の絆に、今度は私が注文します」
「嬉しい仕事だ。喜んで受けよう」と周さんは頷いた。

獠はそのやり取りを聞きながら、人と人との繋がりのあり方を考える。愛しているからこそ、危険に晒したくない、幸せを掴んで欲しいと願うのもまた真実だろう。これまで獠はそうやって生きてきた。だが、どんなに困難が待ち受けていようとも、共に歩むと決めたなら、きっと違う自分に出会うことも可能なのだろう。
香が望むなら、自分もその一歩を踏みだそう。
だがその前に。

「香、さっき言ったこと、覚えてるな? 今日は真っ直ぐ帰って家から出ないこと、いいな」

そう言って、香の肩を叩いて店を後にした。

「……周さん、獠、大丈夫ですよね?」
「大丈夫とは?」
「きっと今日、何かが起こる……」

香はもうかつてのような暢気ものではない。獠が今日のように「家から出るな」という日、それはハンターの血が騒ぐ危険な日なのだ。あの、クリスとか言ったスイーパーの挑戦が、近い。
生も死も獠とともにと、香は思っている。だから、ついて行きたい。見届けたい。
でも何を?

「香さん、俺にはよく分からないが、獠ちゃんはプロだ。そして、ただのプロじゃなくて、けしてしくじることのない,本物のプロだ。俺が絶対に仕事を失敗しないようにな。だから、信じて大丈夫だ。さぁ、次の指輪のデザインを相談しようじゃないか。二人にとびきりのを作ろう。だが、獠ちゃんがマリッジリングをはめたら、ちょっとした伝説になるな。そんな仕事をさせてもらえて、俺も嬉しい」

だが、言いながら周さんには分かっている。
ーーープロも、絶対ではない………
獠と知り合って10年近くになる周さんには、一ヶ月前に重傷を負って現れた獠が、最初信じられなかった。
類い稀な能力は、周さん自身がよく知っていたからだ。
だが、だからと言って自分に何ができるわけでもない。

俯いている香の肩をポンポンと周さんは叩いた。

「俺は槇村さんの・・・香さんの兄さんのこともよく知っている。いい刑事さんだった。獠ちゃんと組むようになってからも、よく気にかけてもらったんだ。新宿にはそんな人間が大勢いる。みんな、香さんの味方だ」

獠に何かあっても心配するな、そう言われた気がして香はまたしても一筋の涙を零した。
だが慌てて涙を拭って、周さんに向き合った。

「やっぱり、プラチナがいいのかな?」

泣き笑いの香に、周さんは言った。

「男用はシンプルなリング、女性用には宝石を入れたっていい。例えばホワイトゴールドとピンクゴールドの組み合わせなんかも、悪くない。だが、獠ちゃんにも香さんにも、やはりプラチナが似合うように思う」

そう言いながらスケッチブックを開いた。

***

獠は新宿の街をひらり、ひらりと歩いている。
夕闇が迫った頃、確信を持った。
狙われている。つけられているわけではないし、敵は複数でもない。だが、ときどき気配を感じるのだ、あの男の。

ーーー面白い、決着をつけようじゃないか。

獠はプラプラと歩いて、考えを巡らす。
確か、建築工事が途中で止まって何年かになる高層ビルがあったと思い出し、その方向に向かって歩き始めた。
今日の得物は自分の分身とも言えるパイソン一丁。襲撃の予感はあったが、予備弾は持っていない。実はこの6発に自分の運命を託した。
これまでいつ死んでもかまわないと思ってきた。だが、今は違う。だからこそ、この6発で切り抜けることができるなら、香との未来が本物でいい、そう思えるだろう。

ビルに足を踏み入れて、無造作に置かれたままの鉄骨資材の脇に佇んで、煙草を一本吸った。怪我を負って直後、教授からは煙草をやめるように言われていたので、しばらくぶりの一本だった。これを最後の一本にしよう、獠はなんとなくそう思う。ことさらにゆっくりと煙を吐き出していると、鋭い殺気を感じた。獠は携帯灰皿を取り出して、またしてもゆっくりとした動作でタバコの火を消した。

「どっからでもかかってきな」

そう宙に向かって吠えた直後に、一発が放たれた。サイレンサーを使っていても、獠は方向と距離を見誤ることはない。研ぎすまされた感性は、健在だ。
この一発の銃声に、「腕は悪くないが自分の敵ではない」と獠は判断した。奢っているわけではない。相手は圧倒的に実践不足だ。ミックのほうがよほどの使い手だったと、かつてのスイーパーを思い出す。

「そんなんじゃ、俺を倒すのは不可能だ」

獠はそうつぶやいて、振り向き様にパイソンを抜きながら銃口を構えた。
ーーーこの一発で十分だ。
頭でそう思っているが、引き金はひかなかった。
20メートルほどの距離で睨み合う銃口ーーークリス・チャンドラーがそこにいた。

「なぜ撃たない?」とクリスが銃を構えたまま口を開いた。対峙した男の表情は暗がりでよく見えないのに、クリスはそこに青の焔を見た。焰立つ、まさしくその表現が相応しい。
「この距離で俺を確実に仕留められるのか?」と獠は静かに答える。低い声が、やはり焔のように揺らめいている。殺気ではない何かがこの空間を満たしていた。
「ワルサーp38の有効射程距離は……」
「およそ50m、言われるまでもない。だが、貴様は引き金を弾かなかった。だから俺も撃っていない」

言われてクリスは銃口を降ろした。
リョウ・サエバが振り向いた瞬間、撃ってはダメだと本能が知らせたのだ。撃った瞬間、ヤラレる。なぜかそう思って指はピクリと動かなかった。こんな経験は、いままでにないことだった。目の前の圧倒的存在感ーーー。

「なぜ? と聞いていいか?」とクリスはもう一度獠に訊ねた。プロの殺し屋なら、一度銃口を向けた相手は容赦なく倒す、そういうものだろうと思ったのだ。

「殺さずにすむなら、そうしたいだけさ。俺はあんたになんの恨みもない」
「やはり、甘い男だな。そんなのでよく今日まで生き延びた」
「あいにく悪運の持ち主でね。・・・クリス、一つ忠告しておこう。お前、至近距離での人殺しに向かない。悪いことを言わんから、得物はライフルだけにしておけ。そっちがお前の領分だ」
「なぜ?」
「殺気が強過ぎる。それをコントロールできないのは、お前が実践不足だからだ。スコープの先の獲物は狩れても、銃では無理だな」

今はパイソンをしまっている獠は、なんのてらいもなくそう言い放った。人に説教するなど、まったく自分らしくないがなぜか言葉が滑りでた。
言われたクリスは分かり始めていた。目の前の男からは、殺気は感じられない。そんな尖った気迫ではなく、何かもっと包み込むような大きなオーラだ。

「……どうやらあんたとは、格が違うようだ」
「そんなんじゃない。実践経験の差、それに過ぎないさ。俺はこれで帰らせていただく。悪いがもう銃を向けてくれるなよ。無駄に殺したくないんだ。二度目はない」

そう言って建物を離れようとする獠の背中に、クリスが声をかけた。

「マイケルの言っていた意味が少しだけ分かった。だが、聞いていたのとだいぶ違う。あんた、凄いよ。あの日、スコープの中で仕留めてしまえばよかったのかもしれないが、だが、殺さなくて良かった」

獠はこの言葉に振り向いた。

「殺さなくて良かった? なぜ??」
「私は人を殺す人間を多く見てきたが、あなたのようなタイプに始めて会った。それに、あなたを葬ってしまったら、あのカオリとかいう女性が泣くことになるんだろう? そんなことをしなくてよかったと、今は思う」
「……お前のほうが大甘な気がするな」
「いろいろと二人を観察させていただいたんでね。あの女性を泣かせたくない」
「お願いだから、香のことは綺麗さっぱり忘れてくれ、いいな」
「おっと、やはり彼女が弱点なのか? 気が乱れてているぞ」

クリスは面白そうに笑った。

「だが、悪くない。マイケルには、平和ボケした日本にも凄いヤツがいたと知らせておくさ」

獠はヒラリと手を振って、建物を後にした。
気が乱れた、男はそう言った。それはそうだろう、香のためであるならば、自分は阿修羅にもなるのだから。神になぞらえるのは憚られるが、帝釈天に盾をついて天界を追われた阿修羅は、ある意味自分に相応しい。妄執はすなわち悪にも通じるが、獠は香のためであるならばそのすべてを怖れない。だから、そもそも香は弱点などではありえないのだ。そして、槇村香という存在が保たれていること自体が、阿修羅が仏法の守護者であるのと同じように、獠の内にある善なる世界を形作るのだから。

外はすっかり暗くなっていた。
パイソンを撃たずにすんだことで、獠は心が晴れやかになっていた。殺すのは簡単だ。簡単過ぎるが、それで解決しても何も救えない。救えたかどうかは分からないが、一人のスイーパーの矜持を砕くことなく、ことを終えられたのはよかったと獠は思うのだ。生き延びても、情けをかけられたと思えばプロではいられまい。そんなことにならずによかったと、獠は思う。

ーーーとにかく、終わった。帰ろう、香の待つ家へ。

三段跳びで階段を駆け上って、玄関をあけた。途端に鰹出汁と醤油の良い香りが漂ってくる。
香がオタマを持ったまま、スリッパで駆けて来た。

「おかえり、獠」

必至で笑顔を作っている香が愛おしい。心配で心配でたまらなかったことだろう。だが、平常心を心がけているのだ。

「全部終わったから、もう心配すんな」
「終わった?」

その目が不安に揺れているから、獠は右腕で香を抱き寄せた。

「心配すんな。終わったが、殺してないから。硝煙の臭い、しないだろう?」

香は大きく息を吸い込んで、そして獠の胸に額をこすりつけるように頷いた。

「それで? 指輪は頼んできたのか?」

香はまたしても頷いた。

「そっか。だったらさ、記念に写真でも撮るか?」

今度は香は首を横に振った。

「なんだ? ドレスとか、着たくないのか?」

無言のままの香の顔を獠は覗き込む。

「どした、香? 写真だけじゃなくて、美樹ちゃんたちみたいなこと、してもいいんだぞ?」

香はやはり左右に首を振った。

「おまえ……やっぱり俺ではダメなんか?」

そういうことではないのだろうと思いながら、獠は言ってみた。

「なにも、本当にこれ以上はなにもいらないの……」

そんな香を獠は両腕をまわして抱きしめる。
ひと月前に死にかけたせいで、うんと心配もかけて不安にもさせ、そして何より我慢もさせたことだろう。
そして同時に、自分に言いたいことの一つも言えなくなっていく香が、獠には悲しいのだ。
ハンマーもしばらく出されていない。
ーーーもっと、もっと元気な香がみたいんだ。

「な、香。俺たち、ここからまた新しい一歩だろう? 俺も素直になりきれなくて済まないが、努力するから」
そんなことない、そう香は思う。このひと月、素直で、素直過ぎるほどの獠をたくさんみた。だから愛が大きすぎていて辛いのだと、香は思う。自分が思う以上に愛されてきたことが痛いほど分かって、だからこれ以上何もいらないと本当に思うのだ。

獠は続けた。
「だが、お前ももうちっと素直になれ。ハンマー振り回したければ、していいんだ。嫉妬もしていい。そんなお前が……」
好きなんだと言いたいが、言葉にならない。こっぱずかしいのだ。だが、頑張って続けた。
「子供だって作ってもいいと思ってるんだ。香は子供好きだろう? 俺だってお前の子だったら欲しいかもだ」
「かもって……」
「だからさ、そういう時にいきなり”できちゃいましたー”じゃ、それはそれでみんなに恥ずかしいだろう? だから、俺たちパートナーだって、ちゃんとみんなに知らせよう。ダメか?」
「……ダメじゃ……ない」
「良い子だ。なら、香の好きにしていいから。どんな形でもいい。歌舞伎町の俺の顔がきく店なんかでも、面白いかもだろう?」
香はようやく顔をあげた。
「獠の顔なじみって……まさか、ゲイバーとか?」と香は笑った。
「そ。彼女たちははりきって手伝ってくれるぞ?」
「……」
「ゲイバーはともかくだ。香の夢を一つ叶えてやりたいんだ。花嫁姿を一番見せたいだろう槇村はもういないが、俺が代わりに見届ける。ほんでもって、本当にアニキ代わりと思ってきた部分も、全部終わりにするから」

言葉を選びながら、一生懸命話す獠が愛おしい。くすぐったくて、そしてーーー

「あ」
「どうした?」
「鍋がこげる!」
「え?」

香は急いで獠の腕から逃れて、キッチンに駆け込んだ。
急いでガスコンロの火を止めて、溢れてきた涙を右手で拭った。これ以上聞いいていたら、幸せ過ぎてどうにかなりそうだと思ったから。

「りょぉー、ご飯もうすぐできるから、早く手を洗ってきてー」と、できる限り明るい声をあげた。
こんな日常が、恋しい。

獠はキッチンに入っていつもの席に腰掛けた。言うべきことは全部言った。
何も与えてやれない、そればかりを思ってきたが、思いのほか自分ができることがありそうだと、勇気を得ている。
この日、一人のスイーパーを殺さずに済んだことで、獠は少し前向きになれたのだ。


***


同じ年の6月にはいってすぐ、二人は新宿の小さな写真館でタキシードとウエディングドレスの記念写真をとった。
その後、場所をうつして獠のなじみの中国人が経営する中華料理店の、少し怪しげな地下の広間で披露宴もどきを開いた。新郎はその自覚がまるでないようで、出席者の美女を追い回して新婦からハンマーをくらうという一幕もあったが、それもこの二人らしい。
ドタバタのパーティーではあったが、噂を聞きつけた新宿の住人たちが次々に気軽に祝福に訪れていた。

簡単に人前式の誓いをということで、パーティーの最後に獠はひどく真面目に皆に挨拶をした。

「これまでも、香あっての俺だったが、これからも香あっての俺だ。だから、コイツを幸せにすると、みんなに誓う」

そう言って、純白のウエディングドレスに身を包んだ香を抱き寄せて、一つ、口付けを落として耳元で囁いた。

「ヴァージンロード、歩かせてやれなくてすまない。だけど、香ちゃんはもうとっくにヴァージンじゃないから、いいよな」

香はみるみる赤くなって、「なんてデリカシーがないのよ! こんな時まで!」と、ハンマーをふるいかけたが、それは獠の右手で止められた。

「で、香ちゃんはみんなに一言ないのかな?」

そう言って、意地悪い笑みで見下ろすのだ。そして、「ほれ」と香を皆の前に押し出した。

「……今日は、集まってくれてありがとう。……獠と、その……幸せになります」

そう言って、深々と頭を下げた。
パラパラと起こった拍手が、やがて大きな波になっていった。
難しいことはなにもいらないのだろうと、集まった皆は思う。

現実が時に厳し過ぎるのか、難しく考え過ぎてきた二人が、この日ひっそりと二人だけで指輪の交換を済ませたことを知る人はいない。だけれど、皆は気がついている。二人の左手にお揃いのリングが光っていることを。

ミックとかずえが、そんな二人を遠巻きで見守っていた。

「雨降って地固まる、ってことかな」とミックは呟いた。

あの日生き延びた時から、獠は何かが変わったのだろう。捻くれ過ぎていた親友が、こうやって香に笑顔をプレゼントできたことが、ミックも嬉しい。
だが、同時に思うのだ。
ーーーいつも、どこか先を獠に歩かれている気がする!
かずえにプロポーズするタイミングを、逃し続けている色男がここに一人。

そして、仕事先から駆けつけていた野上冴子は教授の脇に静かに立った。

「結局、組織のこともスイーパーのことも分からず仕舞いでした。何事もなかったかのように、クリス・チャンドラーは帰国しました」
「獠は、自分の善なる部分から目を逸らすのをやめたんだろう。そうすることで、また一回り大きな男になった」
「そう、なんでしょうね、きっと」
「銃を使うだけが、この世の中の正し方でないと、獠にも分かったのだろう」
「私はまだ獠の腕を必要としてますが」と冴子は上品に笑った。
「そこは、ほどほどにな。おまえさんがもう少し警察で力を振るえるようになればええんじゃがの」
「直に警視に昇進します」
「ほう。それはよかった。違う戦い方になるな」

冴子は静かに頷いた。
途端、隣に、槇村秀幸が立ったような気がした。

「香さんたちを、祝福しているのね、槇村も」とそっと呟いた。

「だが、あいつは香を泣かせ過ぎだ。もうちょっとどうにかならんのか?」

そんなことを槇村が零すように、冴子には思えるのだった。
だが、きっと自分であればこう言ってあげるだろう。

「涙の種類を多く知っている人は、きっととてもとても人に優しくなれるものよ。そして、そんな香さんの優しさが獠を支えているのだから、だからさらに涙が多くなるのは仕方ないこと。人は悲しくて泣くだけじゃない。嬉しくても涙が溢れるし、幸せ過ぎて泣くということだってある。それは、けして悲しみを伴うものではないから、それでいいのだと思う」

それを自らにも言い聞かせ、冴子は祝福を受ける二人を静に見守った。





ーーーphenomenon 了ーーーー










“phenomenon”
「事象」というような意味で、バレンタイン、ホワイトデイ、バースデイとイベントに合わせて、書いてみました。
ストーリーの彩りに事件ものふうを装っていますが、これは本当に添え物で、香と獠の「奥多摩後」の物語。
二人の心の奥底を少し覗いてみたかったのです。特に、獠の揺れる想いを。そして、その想いに翻弄される香を。
26歳と30代後半の男女の恋って、難しいですよね。特に、恋愛、結婚というふうな素直な流れに乗れない獠と香の二人は、はじめて自分の人生をそれぞれ考えるのだと思います。二人で手を取り合ったら幸せな未来! というふうに簡単にはいかない。
特に獠は、最後の最後まで「香の兄変わり」を捨てきれない、そんなふうに思っています。
捨てきれないのは、槇村秀幸への義理立てではなく、獠はそのようにしか生きられない…それを壊していくのが、現実の起きる出来事なのだと。
だから一度死にかけてもらう、という暴挙に出ました(獠好きの私としては、ありえない設定です)
うまく描出できたかわかりませんが、楽しんで書きました。



。。。が、その実、私事で申し訳ないですが、ちょっと体調不良に陥ってまして、このお話もほとんど寝込んだ状態で書いてるというorz 誤字がいつになく多ければ、きっとそのせい...

*CommentList

余裕なんてない

*少し前にpixivに投稿済みのものです。珍しくR18指定で発表したものですが、こちらはパスをかけずにアップします。
ぬるい性描写ございます。苦手な方はお控えを。追記に、私の「R18(レイティング)」に関する考えを書いておきます。
ご興味ある方のみ、どうぞ。


「余裕なんてない」



「それであなたたち、キスぐらいはしたの?」

絵梨子の突然の発言に、あたしは口にしていた紅茶を吹き出しそうになった。

「だ、だれと、キスですって!?!?!?!?」

やっとのことでそう言ったあたしを、絵梨子は澄ました顔で睨め付ける。

「もしかして、冴羽さんって童貞なんじゃないの?」

次に繰り出された絵梨子の発言にも、もう言葉が出ない。言う言葉がない。童貞? どーてーって、ドーテーって、獠が!?!?!?!?

目を白黒させているあたしに、絵梨子はさらに追い打ちをかけた。

「だって、香はいまだ処女なんでしょ? 処女と童貞君じゃなきゃ、こんな展開になってないんじゃないかしら」
「ごめん、絵梨子……言ってる意味がわかんない。こんな展開って?」
「好き合ってる男と女が一つ屋根の下で暮らしていて、いまだカラダの関係もないなんて、もう処女と童貞でどっちもどうしたらいいかわからないって状態としか思えないって話よ。もっと詳しく説明した方がいい?」

早口で言われても、絵梨子の言ってる意味は分かった。分かったけれど、根本的に間違っている。

「好き合ってなんかいないし、あ、あいつがドーテーかどうかなんか興味ないし……。それに、たぶん、童貞じゃない」

アシスタントになってしばらくたった頃、冴子の策略にはまって、最終的にはヨロヨロになって帰ってきた獠をよく覚えている。あんなのを見せられたせいで、余計に男の獠が穢らわしいと思ったし、ところ構わずモッコリしてる獠は変態なんだと思ったし、獠は……あたしには、モッコリなんかしないんだから、それはつまりその……あいつはあたしのことなんて、なんとも思ってないわけで……。

「香、あなた、冴羽さんを好きなんでしょう?」
「そんなこと、ない」

そう答えるしかない。片想いなんだって言ってどうなるもんでもないんだから。

「私には強がらなくていいの。ね? こういうのはどうかしら? 香から迫ってみるの」

そう、確かにあたしは強がってる。アイツのことなんてなんとも思ってない、そう思い込もうとしてる。そう思えば思うほど、本当は好きなんだって確認しているだけなのに。

「……迫るって?」

思わず聞いてしまった。

「香はスタイルもいいし、美人だし、ちゃんとお化粧もして、女らしい格好をすればよろめかない男はいないわ」
「そんなこと……」
「あの日のこと、忘れたの?」
「あの日って?」
「シンデレラデート」
「……」

失くしたと思っていたイヤリングが、次の日の自分のジーンズのポケットに入ってた。そんな小細工ができるのは、アイツしかいない。今考えれば分かることだ。あの日、あたしを香と分かっていて、獠は口づけを……でも、結局しなかった。だからそういうことなのだろう。

「ね、誘ってみなさいよ。今度は香からデートに誘うのよ」
「無駄よ。アイツは私のことなんてなんとも思ってない」

絵梨子はこんなアタシを呆れ顔で見てるけれど、でも仕方ない。これが事実なのだから。

「香は自己評価が低過ぎるし、なんにも分かってない。冴羽さん、あなたのこと愛してるわ。どこからどうみても。待ってるのは意外と彼のほうかもよ?」
「だからあり得ないって」

絵梨子こそなんにも分かってないと思う。あたしはアイツが唯一モッコリしない女。いえ、女としてなんて見てないんだから。

「まったく香は頑固ね。まぁ、そういうところも含めて、冴羽さんはあなたに惚れてるんでしょうけど。まぁいいわ。今夜はパーッと呑みましょう」

そんな絵梨子と学生気分に戻ってばか騒ぎをして、結局、日付をまたいでかなり立ってから、あたしはアパートに帰った。ちょっとだけ足がふらつく気がするけれど、きっと気のせい。リビングに人影はない。でも、玄関にワークブーツが転がってるから、リョウは珍しく帰ってるんだろう。
足が自然と7階に向かった。ただいま、遅くなってごめん、晩ご飯大丈夫だった? そんな風に声をかけて、獠の顔を見よう。
ちゃんと生きてることを確認するのも、パートナーの役目だ。

できるだけ静かに階段を昇った。足を偲ばせたって、獠はきっと気がついてしまうだろう。けれど、それで構わない。

ドアに手をかけて、ゆっくりと回してそれを押し開けた。部屋の中は暗いけれど、ベッドのタオルケットが人の形に盛り上がっているのは分かった。

「なんだ、寝ちゃってるのか……」

なぜだか自然に、吸い寄せられるように足が動いて、ベッド脇まで辿り着いてしまった。見下ろすと、獠が珍しくちゃんと仰向けで眠っている。睫毛が長いんだな、鼻も高いんだな、目と瞑っていても、やはり整った顔立ちなんだなと思い始めたら、目が離せなくなった。

絵梨子に言われたことが蘇った。

「キスなんて、フランスじゃぁ3歳の子供だってするわ。ただの挨拶よ」

フランスはアムールの国だもの。そんなこともあるだろうと思った。でも、獠だって日本育ちじゃないのだし、キスなんてただの挨拶なのかもしれないし。美女に迫ってるときは、スケベ丸出しでとても「挨拶」なんていう風には見えないけれど……ちょっとぐらい、いいの?

ベッド脇に膝をついて、しばらく眺めていても獠が起きる気配はない。
そうよ、これはただのただいまの挨拶ーーー



****


唇に柔らかなものが触れた瞬間、反射的に身体が逃れようとするのを必至に抑えた。
香が7階に上がって来る気配など、辿らずとも無意識にも分かる。こんな時間までどこに行っていた? 心配したぞと言ってやりたいが、そんな保護者みたいなことをいうガラでもない。仕方ないから寝たフリをした。香に見つめられている、そう思うと身体が自然と硬直してしまった。戦場でマシンガンの銃口をいくつも向けられた方が何倍もマシだと思うほど、身体が緊張した。早く立ち去ってくれ、そうでないとお前をどうにかしてしまいそうだ。それはとうの昔におのれに禁じたこと。香にはけして手を出さないーーー
親友の妹だからーーーいや、そんなことじゃない。いずれカタギに戻してやらなければならないのだ。それが香の幸せだ。俺とパートナーになって、たとえこの世界から足を洗った所で、無事に生き残ることはただでさえ簡単じゃない。そんなことを思ってタイミングを考えているうちに、どんどんと月日が流れていった。いや、そんなのウソだろう。コイツがいないと、生きていけないくらいに惚れてるくせに。だが、ダメだ。香を本物の裏社会に沈めるわけにはいかない。これは絶対だーーーどれだけ求め合おうと、愛し合おうと、未来なんて俺たちにはないんだ。いや、これも違う。未来がないのは俺だ。香には別の世界があっていい。それでいいんだ。

一度触れた柔らかさが離れて行き、ほっとした。早く立ち去ってくれーーーそう願った。
それなのに。

もう一度その唇が触れた瞬間、我慢がきかずに思わず右腕を香の背にまわし、自分に引き寄せた。自分の中で何かがガラガラと音を立てて崩れて行く。やめるんだという理性の声が、遠い。

「ご、ごめん、起こしちゃった」

慌てた香が、身体を離そうとするのを、俺は許さない。

「今、何した?」

香の顔が火照ったのが、薄暗いにもかかわらず俺には分かった。

「何をした? 言えないのか?」

黙ったまま視線を逸らす香に、苛立を覚えた。俺がこんなに必至で耐えているのに、お前にはわからんのか? お前を女としてみないのは、お前を守りたいからだ。俺の女になってしまったら、お前の未来もなくなってしまうだろう? そんなことになったら、槇村に顔向けができないだろう?
だが、そんな思いに反し、香を引き寄せた腕は、ビクリとも緩む気配がない。それどころか、このままベッドに沈めてしまいたいという衝動が支配する。ダメだ。そんなこと、香は一つも望んでないだろう。酔って、戯れに唇に触れてきただけだ。それだけのことなんだ。

”酔っぱらって襲われるんだったら、モッコリ美女がよかったぜ” そんな風に軽口を叩いてやればよかった。

だが。

左腕が勝手に動いて、身体も勝手に動いて、香の両の手首を両手でベッドに押さえ込んで、見下ろした。

「香、俺を見ろよ」

しばらく顔を背けたままだが、香がゆっくりと上を向いて俺と視線を合わせた。その瞳は、不安に揺れている。そんな顔するな。その不安の正体はなんなんだよ? 夜の寝室で、俺のベッドで組み敷かれて、男の俺が怖いか? 今俺は、お前を女として見てるんだぜ。だが、お前が悪いんだ。こんな時間に、俺の部屋にきたりするから。俺の我慢も限界なんだよーーー

「そんな子供みたいなキスじゃなくて、もっとちゃんとしたのを教えてやるよ」

思ってもないことが口をついて出る。もう、ダメだ。熱い何かの固まりが、身のうちから突き上げてくる。もう、止まらない。止められない。
香が目を見開いたのが分かったが、そのまま口付けた。激しい情動が暴れている。舌を潜り込ませ、香のそれを搦め捕った。


***



舌を搦めとられた瞬間、心臓が口から飛び出すかと思ったけれど、慌てて目を閉じた。そうして、獠は……やはり優しいのだと思った。こんな風に私を慰めてくれる。こんな時間に物欲しげに男の部屋に入ってきた自分を、獠はバカにしたりせずにちゃんと……そう思ったら、涙が溢れた。何やってるんだろう、あたし。

涙に気がついたのか、獠がふいに唇を離した。

「なぜ、泣く?」

そう言って、獠は身体を起こして隣に横になった。
押さえ込まれていた両手が解放されたので、あたしはその両手で顔を覆った。

「嫌だったか?」

獠がポツリと零したから、慌てて首を横に振った。

沈黙が部屋を満たしていて、何か気まずい。その静寂を破ったのは獠の声だった・

「香? 俺、どうしたらいい?」
「……何が?」

どうしたらいいのかわからないのは、あたしのほうだ。
獠がサイドテーブルのランプを付けた。

「見てみ、俺のモッコリ」

言われて怖かったけれど、少し身体を起こしてみてみた。

「それって???」
「お前が欲しいんだと。困ったな」

タオルケットの一部が見事に盛り上がっているのだ。いつもの、獠の見慣れたモッコリ。なんでこんなもんを見慣れなくちゃいけないんだろう、そう思った。思ったが、今、獠はなにを言った?

「獠?」
「好きな女がさ、夜中に忍び込んできたらさ、男は誰でもこうなっちまうって話だ」
「え?」
「わかんねぇ女だな。お前を抱きたいんだが、どうしたらいいんだ? お前はそのつもりはあるんか?」
「獠が……私を?」
「そうだよ。何度も言わせんな。お前が欲しいんだ」
「ウッソ」
「俺はたいがいいい加減な男だから信じないかもしれないが、お前のことだけはいい加減に考えたことは一度もないんだ。だからお前とはこういうことはいかんとずっと思ってきた。お前が俺にこれ以上惚れたら、お前の未来が本当になくなっちまうだろう?」

言っている意味が、まるでわからない。獠はいわゆる「溜まっちゃってる」って状態なの? ナンパもうまくいってないし、依頼人といい感じになりかけてもいつもアタシがハンマーするから……

「アタシでいいなら、いいよ……その、欲求不満の解消」

そう精一杯言ってみた。いつまでも処女を引きずってるから、違う恋もできないのだと絵梨子に発破をかけられたのも思い出したから。そうよ。獠のことは好きだから、抱かれたっていい。たとえそれが恋人としてじゃなくても。一度抱かれてしまえば、きっとかえってスッキリするんだ。

獠が肘をついて、また見下ろしてきた。

「おまぁさ。俺の話聞いてた? なんだよ、欲求不満の解消って」
「だってそういうことなんでしょ?」
「なんでそうなるかな。好きな女とモッコリするのが、なんで欲求不満の解消になるんだよ」

そう言ったかと思うと、もう一度唇が降ってきた。深く口付けられて、次ぎには耳朶を齧られた。そのままの姿勢で獠が囁いたのだ。

「お前が好きだよ。俺のモノに、していいか?」

言葉の意味を咀嚼する前に、頭が真っ白になった。

ただ、意外にも繊細な手つきで自分に触れる指先が、微かに震えていたことはよく覚えている。


***


「誤解すんなよ?」

まるで何かの儀式のような交合が終わった後で、獠はもう一度香を腕に抱き直して腕枕をした。

「……何を?」
「俺、お前以外の女なんて、抱きたいと思ったことなんてないから」

いつからそんな風になったか、忘れてしまうほど遠い昔からだ。
香は何も言えないでいる。いきなり好きだ愛してると言われても、ピンとこないのだがとにかくやることはやってしまったわけで,何をどう考えていいのか本当のところよくわからない。わからないけれど、獠と結ばれたのだと、それだけは分かっていた。

「あんなにモッコリモッコリ言ってたのに?」とやっとのことで香は獠に問いかける。
「あれは……その……そんなことより、俺の愛は激しいから、これから覚悟しとけよ。今日はまだ慣らしみたいなもんだから」
「慣らし?」
「いきなりじゃいろいろ大変だろうから」

言いながら獠は思っている。大変なのは自分の方なのだ。女を抱くのも久しぶりたが、その久しぶりが香では刺激が強過ぎて、どうにかなりそうだった。このまま香をめちゃくちゃにしたいと思う衝動に負けかけたが、ギリギリで香を気遣えたのは本気で愛しているからだ。
こうやって心にかけていた頑丈な鍵が外された今、獠は明確にそのことを自覚した。

「獠? あの……」
いいかけで言葉を切った香を、獠は覗き込んだ。
「どうした?」
「あの……あたしでその……満足できた?」
「おまぁ」
獠は右手で香の頭をクシャクシャにした。
「なぁに気にしてんだ?」
「あたし、その、女っぽくないし、スタイルだって……」

獠は右手をふわりと香の乳房にかぶせた。
「いいサイズだ。俺の手にすっかりなじむ。だけど、毎日揉んでたらもっとおっきくなるだろうな」
そう意地悪く笑いながら言って、今度はヒップからウェストにかけて左手でそわりと撫でる。
「滑らかで触り心地も抜群だ」
そして唇を啄む。そのままの体勢で香の右手を導いて、自分の昂りを触らせた。香は慌てて手を引っ込めようとするが、強く手を抑えられてそのまま固いそれに触れて、今度は軽く握ってみた。
獠が唇を離して今度は耳元に唇を寄せた。
「固くなってるだろう? お前のすべてがそうさせるんだぜ? そのまま自由にしていいから」
「痛くないの?」
無意識にか手が動くのを不思議に思いながら、香は右手の中のその不思議な感触に夢中になりはじめていた。
「痛くない。すごく、気持ち良い」
そう言う獠の声が掠れている。先端の括れたところを優しくなぞってそして今度は強めに握って、ゆるゆると動かした。やがて「……ダメだ。これ以上は」と囁いて、香の内股に手を伸ばした。
一度獠を受け入れた秘部は、ほどなく緩んだ。香が喘ぎをあげると獠は嬉しそうに微笑んで、その乳房に唇を寄せ、固さを増し始めた先端を吸い上げた。
「香? もう一度、いいか?」
ダメと言われても止まるわけがないのだ。左手指は巧妙に香の最奥を犯している。とめどなく溢れる蜜にこのままイカせるかと獠は一瞬思うが、開放を望んでいるのはおのれの分身も同じだ。返事をする余裕のない香は、今は右手でシーツを強く握りしめている。獠はその手をとって、自分の指と組み合った。顔を背けるようにしている香の唇を奪い、そのままの姿勢で香の中心に自分のそれをあてがう。ジュクリという感触に、このまま一気に貫きたいという衝動が巻き起こったが必至で抑え、香の様子を窺った。唇を離すと、潤んだ瞳で自分を見上げる視線が一瞬彷徨った。
「どうして欲しい?」
先端だけをゆっくりと出し入れしながら、獠は香に尋ねる。
「りょぉの……イジワル……っあ……」
入り口への刺激に弱いのだろう。ますます蜜が溢れ出しているのが獠にも分かるのだ。初めてでこれほど感じるものなのかと、獠は嬉しくなって、逆に香を追い込みたくなった。
「香のしてほしいようにしてやるよ」
だが、こんなふうに言いながら、実は余裕なんてまるでないのは獠のほうなのだ。腰がずしりと重くなった。
「……もっと」
香はやっとそこまで言って、顔を背けた。
「もっと、何?」と言いながら、首筋に吸い付いて赤い花びらを刻んだ。
「もっとどうして欲しい? 言わないと分からないだろう?」
言いながらも獠の固くそり上がったソレは、指よりもなお優しく香の敏感な部分を愛撫した。
「……もっと、欲しい」
香は喘ぎを押さえながらなんとかそう言った。一度目よりもなお深い快楽が、自分を呼んでいる。もっと、獠が欲しいのだ。
「何を?」と男は平静を装って答えた。
空いていた左腕を獠の背中にまわして、「りょぉの……バカ」と香は呟いた。
「仕方ないな」と言うや否や、獠は一気に貫いた。途端、あぁとひときわ大きな声を香はあげた。最初の時に感じた鈍い痛みは、今の香にはない。ただ、満たされた悦びに支配される。
激しく突き上げられ揺さぶられ、自分の身体が粉々になるのではないかと香は思ったが、それでも構わないと獠にまわした腕に力を込めた。
やがて、最奥から激しい快楽の波が香を襲い、足がガクガクと振るえた。ひくつくように獠を締め上げる感覚に、意識が飛びそうになる。獠はそのまま激しく腰を打ち付けた。湿り気を伴った音と、肉体同士がぶつかり合う音が部屋に響いた。獠は最後はクッと喉の奥で呻いて、香の身体に倒れ込んだ。じっとりと汗が噴き出していた。
香はなんとか気を失うことは免れている。大きく息をついた背中に再び腕を回し、獠の息が乱れるなんて、とぼんやりと思った。

「シャワー、浴びるか?」

獠は香に問いかけたが、「いや、風呂のがいいな」と言い直して身体を起こした。風呂場に向かって、湯を勢いよく出す。しばらくその様子を見て寝室に戻ると、香が眠ってしまっている。起こすのは可哀想に思えるが、このまま寝てしまえば後悔するのは香のほうだろう。
だから肩を揺すった。

「香、起きろ。湯が入ったから」
「お風呂?」と寝ぼけたような声なのが、可愛いと獠は思った。こんな風に思えるようになった自分の変化が、正直恐ろしい。いつも、どこかが痛むような思いで香を見つめて来たのだ。たまに女らしい服装をすれば、そんな格好じゃ他の男の気をひいてしまうだろうとイライラが募り、美脚がさらされるようなミニスカートも、露出多めのトップスも、全部嫌だった。香は女らしくなんてなくていい、そうやって目を背け続けてきたのだ。
ーーーどんだけアホなんだ、俺は。
改めてそう思った。目の前の女は、だれがどう見ても魅力的な女性なのだから。

「そう、さっぱりしたいだろう。俺が連れてってやろうか?」

この言葉に香は慌てて身体を起こした。

「大丈夫。自分で行けるわ」
「無理すんな」
「無理なんて……」
「香は頑固だな。俺、先に行ってるからちゃんと来いよ?」
「え? 一緒に入るの?」

驚いた香の声に、獠は振り向いた。

「そ。一緒に入ろう」

香はタオルケットを胸元まで改めてずりあげて、後ずさろうとした。行ける場所などないのに。
ーーー可愛いやつ。こんなとこで逃げたってなんにもならんのに。

「やっぱり俺が連れてってやる」

そう言って、ベッドに近づいて、タオルケットごと香を抱き上げた。なすすべなく抱き上げられた香は、獠を見上げた。

「なんだか……獠じゃないみたい」
「そうか? 間違いなく俺は冴羽獠だよ」
「うん。知ってた」
「そっか」

気がつくと空が白み始めているのだ。
二人でつかるには少々狭い湯船に、身体を寄せ合って身を沈めた。

「な、香。なんで、俺の部屋にきた?」
「んーちょっと酔ってたからかな。絵梨子と飲んできたの。それで、ただいまの挨拶をしに、獠の部屋に」
「それでなんでキスなんだよ? 驚いて死んじまうかと思っただろうが」
「だって、キスなんてただの挨拶だって……絵梨子が」
「真に受けたんか?」
「だって獠も外国育ちだし」

確かに自分は中米育ちだが、そんなことはまったく関係ないだろうと獠は思うのだ。世の中に、確かに挨拶みたいなキスはあるだろう。だけど、いきなり唇にするだろうかと、獠は訝る。やはり香の発想は独特だ。気をつけてやらねばと改めて思う獠なのだ。

「香、これからは挨拶のキスなんて、誰かとしちゃダメだぞ?」
「どうして?」
「どうしてってそりゃぁ、俺がその……嫉妬するからに決まってるだろうが」

はっきり言ってやらなければ伝わらないと獠にも分かり始めていた。

「獠が嫉妬するの? 私に?」

なぜ疑問系なのだ? と獠は頭を抱えたい気分だ。

「なぁ香、一つ聞いていいか?」

香はコクリと頷いた。

「お前ってさ、俺のことをどう思ってんの?」
「どうって……」

俯いてしまった香に獠は若干焦りを感じる。
ーーーまさか、なんとも思ってないってことないよな? 抱いていいかって聞いても拒否しなかったんだから。えぇ???
今の今まで獠は香が自分に惚れていると信じきっていたのだが、それは自分の思い込みかもしれないとはたと気がついたのだ。

「な、香。教えてくれ。どう思ってる?」
「どうって言わなくても……分かるでしょう?」
「ちゃんと言ってくれ」
「……スキよ…………」

小さな小さな声でそう呟いた香を、獠は思い切り抱きしめた。

「よかった。一瞬不安になったじゃないか」

香は不思議そうに獠を見上げた。

「やっぱり今日の獠、なんかへんよ」

獠は思っている。
香と本気で向き合ったら、こんな風に香のちょっとした一言に自分は喜んだり、悲しんだりするんだろう。もしかしたら、醜い嫉妬心だって持つんだろう。だけれど、自分は確かに生きているのだと、妙に実感できる。
それに、香相手にはなんの余裕も持てないのだと、改めて分かった。

難しく考えるのはやめにして、香と今を楽しもう。
明日も明後日もこんな風に、香と抱き合おう。
それで、いい。







幸せすぎて苦しいよ

*既出ですが、こちらにうつしておきます。
ツイッターのお題で、過去に書いたものです。
「全てはその一杯から 幕間/祝宴」の一コマです。



####



リョウはふと目を覚まし、首を巡らせて、よく眠る香を見た。

この日、教授宅で二人は婚姻の誓いを親しい友の前で立てたのだ。サプライズで準備したこの挙式で、香が喜んでくれたのかリョウはほとほと自信がない。自信満々の男であるはずなのに、実はいつも少しだけ、香には遠慮がちなのだった。

祝宴でアルコールをとったので、二人は教授宅にそのまま泊まった。この家の家事一切をとりしっきっているトメさんは、万事心得ていますと、夜具を設えた和室の襖を静かに閉めて立ち去ったのだった。

明かりとりの窓から、薄く月明かりが差し込んで、香の幼子のような柔らかな頬を浮かびあがらせている。リョウは思わず右手を差し出しそうになったが、ぐっと堪えた。よく眠る香を、起こしたくはない。だがーーーー

香の寝顔を初めて見たのは、いったいいつのことだっただろうーーー

槇村を失い、香が新宿のアパートに身を寄せた時は、確かリョウのねぐらの階下で暮らし始めた。6階と7階を、リョウは自分好みにリフォームしてあのアパートで暮らしていた。香が転がり込んできた時、部屋はいくらでもあるから好きなところを使えと言ったのだ。だから、たしか最初は5階だった。

依頼を二人でこなし、依頼人にちょっかいをだすリョウに見かねて、香はいつのまにか6階に居座っていた。好きなところを使えと言ったのはリョウ自身なのだから、リョウはそれにも何も言わない。そして、いつしか6階の一室に「香の部屋」というプレーとが掲げられた。

ーーーふん、なんだよ、俺の真下で寝て、挑発しようってか?

深夜に帰宅してそのプレートを見て、リョウは無理矢理内心で悪態をついてやり過ごす。
本当は香が与えてくれる日常に、信じられないほどの安らぎを感じている。だが、こんな所に、槇村の愛した妹をいつまでもおいてはおけないーーー。もう充分飲んだはずなのに、急に酒が欲しくなり、キッチンの戸棚にしまわれているバーボンを、手近なグラスにドバドバと注いで一気に煽った。アルコール度数40の液体にも、リョウはまるで酔う気がしない。

キッチンを出て、7階に向かおうとする。だがーーー
もう一度香の部屋の前に立つと、ゆっくりとドアノブを廻し、部屋に足を踏み入れた。

綺麗だーーーーリョウはまずそう思った。香は穏やかに眠っている。 窓から射し込むネオンの反射で、まつ毛が複雑な陰影を作っている。窓に近付くと、音を極力立てない様に、カーテンを引いた。途端に室内は暗闇に支配された。

リョウは考える。このままこの無防備な女の子を抱いてしまいたい。
だいたい、年頃の女がなんでこんなに無防備なんだよ。
抱いてくれって言ってるようなもんじゃないか。

だが、違うのだろう。
この無垢な存在は、男の本物の肉欲など微塵も知らないのだろう。それでいい。お前が本当に身を任せたいと思える男に出会えるまで、俺が守ってやるさ。

リョウはそっと部屋をあとにした。

それから、リョウは深夜に帰る時は、香の寝顔を覗くのが常になった。時々は香は起きてリビングでリョウを出迎えたこともある。いつしか香の寝顔を見るのが習慣になっていたリョウは、起きてリビングで待ち構えている香に驚いた。だが香は何も言わず、酔い覚ましにいいでしょうとコーヒーをいれるのだった。

ーーーガミガミうるさい時もあるが、沈黙も知る不思議な女、槇村香。オレに惚れたかもしれんが、それも若気至りだ。その魅力で、どこへなりと飛び立てよ。
リョウはいつもそう思っている。
だが本当は、飛び立つ気のない蝶と、飛び立たせる気のない虫籠、まるでそんな関係。

何もなければ、美しい蝶はそうやって籠の中で生涯を終えたのかもしれない。
だが、意思など本来持たぬはずの虫籠は気がついた。

もしも香を飛び立たせたら、いったい自分に何が残るのか。

ーーーーー空洞。

そんなものには、慣れている。

リョウはそう思う。
だが、本当にそうなのか?

愛しているという、その単純な事実に気がつくのに、自分はどれだけ時間がかかったのか。安全な虫籠を装って、それなのに空洞を恐れているおのれ。







リョウは月明かりの部屋で右手を伸ばして香の頬にふれる。
柔らかかな感触と暖かさが掌からリョウに流れこむ。

ーーーお前に触れたくて触れられずにいた過去は、もう遠いものと言っていいのか?

香は少し身じろいで、薄っすらと目を開けた。

りょお?

この甘い呼びかけに、自分はどれだけ溺れるのかーーー

かおり、リョウは低く囁いて、その体を抱きよせる。

朝はまだ遠い。だが、二人は日の出を待たずに体を火照らせた。素肌を密着させ、リョウは吐息を漏らす。こんな幸せを、信じていいのか?

りょぉ……

かおりはそう切なげに零して白い腕をリョウの首筋に絡める。

初夜の契りだ……

リョウは小さく呟いた。自分とは縁遠過ぎる言葉に思えたが、自分が組み敷くこの女を、生涯幸せにしたいとリョウは決意する。だがそれ以上にーーー

オレを幸せに、してくれーーー

昼間の誓いの時に思わず出た言葉を、もう一度香の耳元で囁いた。

香は返事をするかわりに、リョウにまわした腕に力を込めた。
春のおぼろ月の緩い光りが、香の白い肌を浮かびあがらせる。
リョウはすっと目を細めた。

こういうのを、幸せすぎて苦しいというのだろうかーーー

シーツの上をさまよっていた香の左手を、リョウの右手が絡め取った。

こんな苦しさを、知る日が来るなんて。

ーーーだが、もう決してこの手を放さない。









GWって、本当に書く時間がなくてストレスが溜まりそうです...

ブログ読者の皆様へ

いつも拙ブログに足をお運びいただき、ありがとうございます。
新年度はじまりましてはや一ヶ月、早いものです。

皆様にお知らせがございます。
pixivご利用の方はご存知かと思いますが、拙作品の書籍化に関して、アンケートを実施しております。
印刷数の目安にさせていただきたいのと、あとは通販方法をどうするかを考えなければならないと思っている所です。
もともとは、このサイトでこじんまりとごく少ない部数をお分けしようと思っていました。
ですが、せっかくならば欲しいと思って頂ける方には、なるべく手に取って頂きたいと今は思っています。

私自身のこだわりで、この作品はどうしても文庫にしたいという思いから、価格が同人誌にしては高めになってしまいます(まだ未確定)。
その点踏まえていただいて、購入の意思がおありな方は、pixivのアンケートをご利用いただければと思います。

また、pixivをご利用されていない場合で、購入したいという方がいらっしゃいましたら、直接、このサイトのコメント欄、メール機能を使ってお知らせくださると嬉しいです。

発刊時期は未定ですが、内容はpixivに投稿しております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8098093

閲覧だけでしたら、確かアカウントを作る必要がなかったかと思います。


今回書籍化する作品は、このサイトの原点と言ってよく、私のCHへの愛がすべて詰まっています。
pixivに初投稿したときは、小説を書いた経験ゼロで右も左も分からず、ただ愛をぶつけました。
本ブログに転載するにあたって、それにかなり手をいれてブラッシュアップをかけました。
今回、書籍化するにあたって、さらに書き直しています。
(逆を言うと、最初がどんだけ酷かったんだよ...って思うのですが、情熱の力が百難を隠したようで、そういう勢いも大事かなとは思っております)

今も未熟者に変わりはないんですが、今の自分ができるベストを尽くそうと思っております。


ところで、GW始まりますね。
私は毎年、この時期に家庭菜園(というには、ちょっと規模が大きいのですが)を始めるんです。
趣味のサッカーにも行かなければならなないし、引越以来「魔窟」と化している納戸を片付けたり...になりそうです。
お話を書いてる余裕がないかもですが、その分妄想を楽しもうと思ってます!

皆様もよい休日を!
そして、GWも変わらずお仕事の皆様には、エールを! GWなんて、どこへ行くにも人混みです〜


それではでは。
*CommentList

004 黒い海

phenomenon” シリーズで、「牡丹」から続いております。


004 黒い海

獠が長い眠りから目覚めてから三日後、つまり凶弾に倒れてから10日目、獠は「新宿に戻ります」と教授に宣言した。
まだ十分に傷が癒えた訳ではないが、これ以上、新宿での自分の不在が続くのは好ましくないと獠は考えていた。
そんな獠を、香は不安げに見上げる。完治するまでここにいたらいい、教授もかずえさんもそれでいいと言ってくれる、そう何度も話したのだ。

それでも意思を変えない獠に困り果て、香はミックに泣きついた。

「お願い。獠を止めて。せめてあと1週間でいいから」

ミックは悲しげな瞳で香を見降ろし、言った。

「カオリ、キミの心配はよく分かる。だが、ボクには何もできないしするつもりもない。リョウは、親友だから」
「親友だったら、こんな無謀を止めて。獠を狙うスイーパーがいるの。まだ、日本に留まってるのよ? 新宿に戻ればまた狙われるてしまうわ。そしたら獠は……」
「勝てない?……挙句、死んでしまうと?」

ミックの言葉に香は俯いた。そう、自分はそう思っている。

ミックはこの儚くてか弱くて、だが強い女性を、今この場で抱き寄せて慰めたいと一瞬思う。
いや、獠を失うのが怖いのなら、そんなことを忘れてしまえるほど、自分が香を満たすことができるだろうとさえ思う。だって女性は、それが魅力的な存在であればあるほど、たった一人の男ではなく、何人もの男に傅かれ、愛される権利があるのだから。

このとき、背後から鋭い殺気を感じて、ミックは苦笑した。

「カオリ、もっとリョウを信じてやれよ。あいつはタフだし底抜けの悪運の持ち主さ」

そういって香の肩をポンと叩いてその場を立ち去り際「だがもしもの時は、ボクがカオリ君を慰めるから、心配するな」と、背後の存在に聞こえる声で零した。

殺気の主、獠は左手の杖で体を支え、ゆっくりと香に近づいた。そしてひどくぶっきらぼうな声で、「帰るぞ」と香に言った。

「あの、獠……聞いてくれないのは分かってる。でも、もう少しここにいよ?」
「何度も言わせるな。もうなんの問題もない。伝言板、ほったらかしでいいのかよ? もう10日だぜ?」
「だって……」
俯いた香に獠は苛立って、左手に持っていた杖を乱暴に投げ捨てた。それは廊下の隅に当たってガシャリと嫌な音を立てた。
香は少し肩をすくめるようにしたが、獠は気にした風でなくそのままもう一歩二歩と香に近寄り「大丈夫と言ったろう?」と無表情に言うのだ。
左脚はまだ完全ではない、香はそう教授から聞いている。獠は無理をしているのだーー
そう思うと、香はまたしても涙がこみ上げた。

「それとも、俺よりミックのほうがいいのか?」

そんな香を見て、こんなふうに低い声で凄んだ。
ーーーなんてことを俺は言うんだ? 
おのれの感情がまったく制御できず、獠は内心泣きたくなる。こんなことが言いたいんじゃない。香を生涯守り幸せにすると槇村に誓った。なのに俺はこんな醜い嫉妬心に苛まれているーー
自分のうちに、暗い海が広がるのを自身で感じる。それは静にさざ波を立て、獠の心を揺さぶった。だが、海は命の源でもある……一面の黒い海を照らす淡い月光が脳裏に浮かんだ。
ーーー香……

獠は左腕ですっと香を抱き寄せた。
「……すまない。それでも俺は、お前のために生きるから」
その声はすでに穏やかなものだ。

「獠?」
こんなに感情が激しく揺れ動く獠が、香には信じられない。だが、これもまた獠だ。不安になれば嫉妬もする。獠はそんな自分と戦っているのだろう。それはもしかして、生身の敵と対峙することより、獠にとっては大変なことなのかもしれない。香はそんな風に思って、自分もいっそう獠に身体を寄せた。
「……それしか、俺にはないんだ。だから新宿に帰る。このままここに隠れているわけにはいかない」
その通りなのだろう。隠れていても何も解決はしない。いや、するかもしれないが、そんなことは獠はよしとしないのだ。
何も言えない香は、両腕を背中に回してぐっと体を押し付けた。胸に顔を押し当て、「わたしもシティーハンターだから」と囁くように呟いた。
ーーー運命はあなたとともに。
そう,心の中で香はつけたした。

獠の腕から逃れると、香は杖を拾って獠に差し出した。
「これはちゃんと使って。人が見てない所では大丈夫でしょう?」
そう小首をかしててみせた。獠が好きだと言ってくれる、とびきりの笑顔もつけたつもりだ。
「ちゃんと治るって、教授が言っていたわ。そのためには、今無理をしてはダメなことは,獠にもわかるでしょう」
「そうだな」
そう獠は言って、杖を受け取った。

廊下の向こうから教授が姿を表した。
「香ちゃん、ちょっとこっちへ」
そう手招きする。
「渡しておくものがある。それと少し話もしたい。ワシの部屋へ」と言って、くるりと踵を返して教授は歩き出した。
「獠はくるんじゃないぞ」と付け足すのも忘れない。
香は「教授に呼ばれたから、ちょっと言って来る」と獠に声をかけて、教授に続いた。

教授が書斎にしている和室に入ると、文机にいくつかの白い紙袋が置かれている。
「それ、獠の薬じゃ。もしものときの鎮痛剤。あやつは実は少し麻酔の類いが効きにくい体質なんじゃ。本人はしかとは言わんが、わしは医者なのでわかる。痛みを感じても、それを受け入れることで克服しようとしている。相当のマゾじゃな」
そう言って、ホッホッホと豪快に笑った。
「だから今回の怪我は相当堪えたはずだ。だが、よく食べて寝て克服した。たいしたヤツじゃよ」
香は何も言えなくなる。
大丈夫だ、それしか言わない獠の顔を思い浮かべ、また泣きそうになった。
「まぁそこに座りなさい。それに、そんな顔をするもんではないよ。わしが獠から恨まれる」
香が言われた場所に座るのを見届けると、教授は続けた。
「我慢しがちなのは、香ちゃんのせいではないから気にせんでよい。獠の育ちが、そうさせているだけだから」
「育ち?」
「砲弾飛び交う中で育った。痛い苦しいと訴えれば、部隊から脱落するだけじゃ。それでは孤児の獠はあの場所では生き延びられんかった。あの環境で生きる術を最大限学んだだけじゃろう」
「獠は、過去は何も話してくれなくて」
「そうじゃろう。ワシかて話して楽しい思い出は、あの戦場には少ない。いや、ほとんどない」
そう言って、またしてもホッホッホと笑った。
「強い鎮痛剤を調合しておいた。夜眠れないようなことがあるなら、飲ませなさい。強いので胃を保護する薬も同時に飲むように。それはこっちの袋。睡眠薬はこちら。これは獠が普段持ち歩いてるものと同じじゃ。かなり強力だから、めったに使わないように」
「獠が、睡眠薬を持ち歩いてるんですか?」
「知らなかったかね?」
香は記憶をたどる。使っている所は見たことがあるようなないような------
「”敵を殺すだけが解決ではないから”、獠はそう言ってワシに睡眠薬を要望したんじゃ。獠は本質的に人殺しを嫌っておる」
「……なんとなく,気がついてました」
「じゃろうな。それは香ちゃんも同じじゃろ? どんな悪人も、殺してはダメ、香ちゃんはそう考えるはずだ」
香は俯いた。その通りなのだ。だから、ピンチを招く。人を信じすぎるのは自分の欠点なのだと、ここのところ香は分かってきてはいた。
「そんな香ちゃんが傍にいるから、獠は最近素直になる術を学びつつあるように思う。良い変化じゃ。見守っておやり」
「……わかりました」
「ただ、獠はヒットの仕事は辞めないとはっきりと言っておる。だがそれは、ワシがターゲットを獠に殺させているということだと、知っておいて欲しい」
「教授……」
「世の中はときに力で排除しなければならないモノがある。だが、そういう案件は今後減って行くだろう。獠がこれまでよくやってくれたからの」
「分かりました。私は獠がそうしなければならなないと思うことは、止めたくはありません……例え、それが人殺しであったとしても」
教授は頷いている。
「お話はそれだけですか?」
「いや、もうひとつある。香ちゃん、医療を少し学んでおかんかね」
「医療?」
「いや、医療というと大袈裟だな。例えば怪我の応急処置。今も多少心得はあるだろうが、もう少し専門的なことも、どうじゃろうか?」
「ぜひ、ぜひ学ばせてください」
「わかった。ならば暇をみつけてここへ来るといい」

香は頷いた。獠の助けになるなら、なんでも勉強したいと思う香なのだ。

「それでは、私たちは新宿に帰ります。お薬、ありがとうございます」

そう言って少し笑顔が戻った香を、教授はそのまま部屋で見送った。

「これでいいかね、獠よ」

そう隣の部屋に声をかけた。襖がスルリと開いて、獠が姿を現した。

「ありがとうございました。ですが、過去のことをあんな風にペラペラと」と苦笑してみせた。

獠は、香に何か学ばせてやってくれないかと教授に相談していたのだ。
香は自分と男女の関係になってから、時折、ひどく自己肯定感が低くなることが獠は気になっていた。昔は強気のほうが勝っていて、時折、私なんてというぐらいだったのだが、ここのところそれが逆転している。そのネガティブな発想を取り除いてやりたい、獠はそんな風に考えたのだ。香はそういうとき、大抵、新しい技術や知識を身につけてきた。だからトラップも海坊主直伝でたいした腕前だし、武器も独学でずいぶんと学んでいる。時折、自分が体術くらいは見てやるか、と獠は思うが、香が身体を張って戦う必要など微塵もないと思い直す。そこで、ほんの少しの医学知識や医療知識を、教授から学べば良いと思ったのだった。

「助かりました。あと、教授は俺のことを本当によくわかっているんで、嫌になるな。ですが、ヒットは俺はそんな風に思ったことは一度もないんで、それは間違えないでください。殺しているのは、俺であって教授じゃない」
「まぁそこはお互いが共同正犯ということにしておこう。あまり、抱え込むでないぞ?」
「俺ももうガキじゃないんで、そこは大丈夫です」
「信用しておこう。それより、本当に新宿に戻って大丈夫かね?」
「俺の予想なんですが、俺がこんな状態のうちは襲ってきたりはしない」
「それはまたなぜ?」
「個人的恨みではなく、スイーパーとして名をあげたい男なのだと思うから」
「クリス・チャンドラーという男かね?」
「そうです」
「弱っているお前さんを倒した所で、つまらない、ということかね」
「その通り」
「組織の方は?」
「あれはたぶん、もう日本にはいない」
「理由は?」
「カンです」
「それで命を危険にさらすのかね?」
「教授、俺もこの世界に足を踏み込んで長い。カンが外れたことは、まずないんで」
「その強運を祈ろう。だが、もしものときは……」
「分かってます。香には傷一つ負わせない」
教授が言いたかったことはそういうことではなかったが、獠の思考回路がどうやら香中心になっているらしいということはよくわかった。だから一言つけたした。けして命を粗末にするな、その意味をこめて。
「人はいずれ死ぬが、今はお前さんの番ではないと、わしも思う。だが、くれぐれも気をつけるように」
獠は教授の言葉に頷いた。
「それと、お前さんには難しいことかもしれないが、そういう考えをもっと香ちゃんに伝えてあげなさい。それで香ちゃんの不安も減るだろう」
「教授だから話せるんです。香にあれこれ言えば、あいつを振り回すだけだ」
「もう十分振り回しておると思うがのう……」
言われなくても獠は分かっている。
怪我を追ってから、いや違う、その前からーーー香を初めて抱いてから、自分は少しずつ以前の冷静さを失っている。立て直さなければならない、それはよく分かっているのだ。
香をおのれのもとに縛り付けたことに、微塵の後悔もない。それは槇村に誓った通りだ。だから、自分一人でなんでも決めていた頃のようにはいかないということも、分かっている。だが、香に自分の不安や嫉妬をすべてぶつけるのは違うし、物事を進めるときに、何でもかんでも話してうまくいくものでもない、そんな風に獠は思うのだ。
黙り込んだ獠を、教授は興味深く見つめた。
「獠よ、よい女性と出会ったな。二人で支え合う、それにはいろんな形があるだろう。焦らずとも答えは必ず見つかる。いや、出会ったことがすでに答えじゃ」
そうなのだろう、獠は頷いた。
「大事なことを忘れるなよ、日本一軽いオトコを目指す、違ったか?」
「そうでした。まぁ、なんとかなりますよ」
最後は獠は笑ってみせた。


***


獠はミニクーパーの運転席に乗り込んだ。エンジンをかける前に、左足でクラッチを踏み込んで感触を確認した。わずかに痛みが走るが、問題なく操作できるだろう。

「大丈夫そう?」

香が運転席を覗き込む。

「問題ない」
「私の車はかずえさんに新宿に戻してもらうようにお願いしたら、助手席に乗ってくわ」

獠は頷く。運転を止めない香に感謝した。

車はいつものように新宿に向けて滑らかに走っている。流血で穢された雰囲気は車内には皆無で、新宿が近付くにつれ、またいつもの日常が戻ってくるのだと、香は自分に言い聞かせた。
ガレージに車を収めたとき、獠はすぐに異変を感じていた。

「香、ここに最後に戻ったのはいつだ?」
「3月の26日」
「そうか。そのときは変わりなく?」
「いつも長期で留守にするときと同じように、トラップを張り巡らせたわ」
「そうか。上出来だ」
自分が大怪我を負ったことで、動揺もしたろうに慌てずにいつもの通りの仕事をした香。まさしく、もうプロだ。だがーーー

「どうやらお客さんがあるようだ。行こう」
「どういうこと?」
「トラップ、解除されてるな」
「そんな」

香は慌ててガレージから建物にあがる階段に駆け寄った。

「どうして……」
トラップを無傷で解除してある。こんなこと、仕掛けた本人にしかできないはずなのに、と香は焦る。
「ま、とにかく上へ。人の気配がある。だが殺気はない」
「こんなとこから分かるの?」
「わかるさ。行こう。友好的なゲストと願いたいねぇ」

獠はそう飄々と言うと、階段をのぼりはじめた。6階のドアノブを回すと、解錠されている。

「香はここでちょっと待ってろ。様子を見てくる」

厳しい声で獠はそう言って、自宅に足を踏み入れた。

リビングにその人物は、いた。

「傷だらけけのハンターか。つまらんな」

ソファに腰掛けた白人の男は、獠に視線を送って呟いた。

「お前、どうやってたここに入った?」
「蛇の道は蛇とは君の国の言葉だったか、いろいろなトラップが仕掛けてあったが、たいしたことはなかったよ」

待っていろと言われて素直に聞けるわけではない香が獠に追いついて、男の言葉に気色ばんだ。

「人の家に勝手に上がり込んで、何様のつもりよ。それに、私のトラップをバカにするなんて」

男の視線がゆっくり動いて香に止まった。

「ほう、キミがカオリ・マキムラか。シティーハンターの最大の弱点にして、最愛の女、か。ますますつまらんな。女に入れあげたら、こんな稼業終わりじゃないのか?」
「なんですって」と香がさらに気色ばんだ。
ハンマーでも召喚されそうな勢いを、獠が制した。
「香、挑発にのるんじゃない。お前、もしかしてクリス・チャンドラーとかいう、スイーパーか?」
「ほぉ、よく分かったな。噂ほどでもない男かと思ったが、情報戦のほうが得意なのかな?」

見下したような発言にも獠は動じることなく答えた。

「ここに入り込んだ目的はなんだ?」

一通り訓練を受けた人間であれば、トラップの解除もできるだろう。だが、まるで殺気がないことが、獠は気にかかった。

「キミの顔を近くで見たかったのさ。瀕死のシティーハンターをね」
「貴様……」
「ずっと立ってないで、座ったらどうだね? 少し話をしようじゃないか」
獠はしばらく考え、「香、コーヒーを頼む」と声をかけた。
「獠……」
「いいから、コーヒーを」

獠はそう言いながら、男、クリス・チャンドラーの斜向いに腰掛けた。

「それで? なんの話をしようってんだ? 俺はおしゃべりはあまり好きではないんだがな」
「Waspのことを知りたくないのか?」
「あんたの友達だろう?」
「まさか。あんなクズども。キミは苦戦したようだが」
そう言って、男は嘲笑を浮かべると続けた。
「だが、片付けてくれて感謝するよ。あんなのがアメリカでのさばられたら、困るんでね」
「いったいどういう関係なんだ? つるんでたんじゃないのか?」
「やはり情報戦が得意なのか。なんでもよく知っているな。やつらには、仲間になれと言われた。断るのは簡単だったが、リョウ・サエバを倒せたら、頼みを聞いてやろうと返事をした」
「それで俺を狙ったのか?」
「まともにやりやったら、あいつらは瞬殺されただろう? だから私が手助けをした。キミが死んでくれれば、私はどっちでもよかったんだ。サエバを倒したWaspを私が殲滅してしまえば、目的は達せられるから」
「くだらんことを」
「くだらん? そうかもな。日本に来てがっかりしたよ。あのリョウ・サエバが女に骨抜きにされてるんだ。可笑しくて仕方なかった。私が手を下すまでもない」
「どんな評価を下されようが、俺は構わん。それで? これで終わりか?」
「だが、マイケルが言っていた。キミは真のプロだと」
「マイケル・ガーラント、懐かしい名だ。生きているのか?」
「元気さ。今はなんとバーのマスターになっている。殺し屋稼業は俺が引き継いだ。あのマイケルに引退を決意させた男がどんなヤツなのか、猛烈に興味があったし、倒さねばならないと思っている」

こう男が言った時に、香がコーヒーをトレーに載せて現れた。その姿を認めて男は立ち上がり言った。

「せっかくだが、コーヒーは結構だ。リョウ・サエバ、キミの傷が完全に癒えた頃、正式に勝負を挑もう。彼女のことは心配するな。私が責任を持って預かろる。トラップの腕前、気に入った」

そう言って、振り向くことなくリビングを立ち去った。

「一人で勝手に熱くなりやがって。それに、なんだ? なんで香に興味を持つんだよ」
「獠?」
「ん? 大丈夫だ。なんの問題もない。香のコーヒー、久しぶりだな」

そう言ってマグカップに手を伸ばして、さも旨そうに一口飲んだ。そしてカップをテーブルに戻すと、隣に腰掛けた香の肩を抱き寄せる。

「ここに早く帰ってきたかった本当の理由を、教えてやるよ」

そうして、獠はいきなり香の唇を深く犯す。病室で交わしてきた口づけとは違う、獠の本気のそれは、やがて香に火をつけた。

「あっちじゃ、おもいっきりモッコリできないだろう? だから」

掠れた獠の声が耳奥で響く。ダメと思うのに、香はもう抗えない。すでに獠を求め始めている身体が、忌々しくさえある。だけれど。
衣服の内側にすでに届いている獠の手は、艶かしく動いて香を溶かしていく。

「ここでいい? それとも寝室のがいい?」

いつもの獠が帰ってきた。香はそんな風に思う。

「ここで……いい」

ーーーいっそ激しく抱いて欲しい。そうして心に時折芽生える悲しみと不安を、吹き飛ばして……

香の腕が獠の首筋に回されて、優しく引き寄せる。自分から口づけを求めてくる香に、獠は目を細めた。

「いい子だ、香……」

***

久しぶりに香の中に身をしずめ、獠はほうと溜息をつく。あるべき場所に自分が戻った、そんな気さえするのだ。香とつながることで、獠はおのれの安定を取り戻す。暗い海が月光に包まれ、命を育むように。

”女に入れあげたシティーハンター”

男は確かそう言った。

ーーー何も分かっていないな。

獠は香の汗ばんだ背に腕を回して引き上げる。香がひと際大きな喘ぎでそれにこたえた。
———俺は確かに目の前のこの女に溺れている。だが、この女はただの女じゃないーーー槇村香という、特別な女だ。

やがて、久しぶりに開放された熱は、さらに次の熱を呼んだーーー









ーーー続く
*マイケル・ガーラント、アニメ題32話に登場する世界一の殺し屋さんです。

(というか、終わらなくなってしまったような気がする。いそがしーと、ヘンなもの書きはじめるって典型でorz)



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プロフィール

サバ猫

Author:サバ猫
サバ猫です。
2015年秋、突然CH中毒になりました。
サエバスキーです。
冴羽獠の精神を辿る旅をしながら、幸せな冴羽一家を構築中。

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