Fragile

シティーハンターの二次小説を書いております。

Entries

はじめまして、でございます。

サバ猫と申します。
最近(2015年10月頃?)から、突然CHの中毒になりました。

かつて、アニメをテレビで見ていたくらいで原作は未読。
ドラマをやるというので、どんなんだっけ? と調べだしたら、なぜだか止まらなくなりました。
二次創作の皆様の作品を読み漁り、原作を大人買いして、今やどっぷりです。

読むだけでは飽き足らず、ついに自分でも書き始めてしまいました。
Pixivという投稿サイトで人様に読んでいただいたり、感想いただいたりして、ありがたさに涙目になりながら、自分の誤字脱字の多さに、さらに涙。
もうちょっと整理しようと、プログにすることにいたしました。

作品紹介を書きました。多過ぎて何を読んだらわからない! って方はこちらを覗いてみてください。
  ↓↓
「作品の簡単なご紹介」


##### 2016.8.12 追記 #####

当ブログのお話を年表に整理してみました。
こちらでご覧になれます。

##### 追記ここまで #####




##### 2016.6.27 追記 #####

書き始めたことろは、CHに派閥(?)があることを知りませんでした。
最近になりまして、私は根っからのサエバスキーであることが判明しましたので、追記いたします。
香あっての冴羽獠、というスタンスです。

当ブログでは、原作後と2016年の年齢を経た二人を創作しておりまして、小品もすべてこの世界観と時間軸の中で書いております。
子供まで作ってしまっておりますので、苦手な方はご注意ください。

##### 追記 ここまで#####


2016.4.22 リクエストについて追記しました。
2016.5.27 変更しました。


ご訪問いただいている皆様へ

ブログ開設しまして、1ヶ月半立ちました。
2016.4.20に1000パチ目をいただきまして、嬉しいコメントをいただきました。
感想をいただけると、妄想がさらに膨らみます!
憚りながら、キリ番リクを受け付けますので、パチとかカウンターで、これってキリよくね? と思われた方は、お話をリクエストしていただいてOKです。コメントとかメールでどうぞ!
ゾロ目とか連番みたいなのでも、個人的に「キリ」と思われたら、それで自己申告で。

ですが、以下、ご配慮ください。

・リクエスト内容は、当ブログの基本の二人の設定に読み替えさせて頂きます。(92年に結婚、98年に双子誕生、これは変更できません。)
・CH原作キャラならどのカップリングでもOKです。超脇役でも大丈夫です。
ですが、
・リョウちゃんが香以外とか、香がリョウちゃん以外はムリです。瞬間的にも書けませぬ!
・直接性描写もムリです。
ただし、
・パラレルのご要望はOKです。簡単な設定をいただけるので大丈夫です。
そして、
・AHはサバ猫的には存在しておりませんので、ご了承くださいorz

基本的には長編が好きなので(というか、気の利いたSSが書ける気がしない)、無駄に長いものになるかもしれませんが、喜んで書きます。
自分で書きたい連載の途中は、お時間を少々いただくかもしれませんが、ご了承ください。

###追記ここまで###





Attention!!
当ブログは、PCビューを推奨いたします。スマホ、ガラケーでも見にくい等ございましたら、ご連絡いただけまいさらできる限り対応いたしますが、私の環境的に難しいこともありますので、対応しきれないことがございます。申し訳ございません。

*原作者様とは当然ながらまったく関係がございません。
*原作イメージを大事にされている方には、閲覧をお勧めいたしません。
*当ブログの内容につきましては、作者、つまりサバ猫の想像の産物であり、完全なるフィクションです。
*誹謗中傷は小心者なので受け付けません。
*感想や励ましをいただけると、飛んで喜びます。
*一度、Pixivに投稿したものを、加筆・修正したものを基本的に上げて行く予定です(当面の方針です)。
 書く楽しさを投稿サイトで教えていただいたので、そちらのご縁をまずは大事にしたいと思っています。
*絵心はゼロですので、テキストオンリーでございます。
*原作からかけ離れたものは、能力的に書けないと思います。
*R指定が必要なものは、自分の能力を超えておりますので、書く予定はございません。

*AHについては、少しは読みましたが、今のところ設定が受け入れがたい人間です(スミマセン)。
*漢字表記が問題のリョウについては、当面はカタカナで表記いたします。
*基本的に、「リョウはかっこいい」と脳内で変換フィルタが働いている人間です。
*リョウと香の幸せを心から願っているので、悲しいお話も書けないと思います。

*コピー&ペーストはご遠慮ください。

これくらい、お断りしておけば大丈夫でしょうか?
ご助言いただけましたら、嬉しいです。

ありがたくも、当ブログにリンクいただく場合は、CH二次創作関連サイト様でしたら、リンクフリーです。
ご連絡には及びません。
これから素敵サイト様のリンクを作りますので、ご挨拶に伺うこともあるかと思います。
よろしくお願いいたします。


サイト名:Fragile
サイト管理者:サバ猫
URL: http://sabanekosan.blog.fc2.com/

                    2016.3.11 サバ猫 拝
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*CommentList

作品の簡単なご紹介

このサイトの作品たち(簡単なご紹介)
*作品が増えてきましたので、どれ読んだらいいの? って方にご案内を書いてみました。

「すべてはその一杯から」(長編/オムニバス/完結)
当サイトの基本となっている作品。すべての原点がここに。
冴子嬢の「三角関係」発言がどうしても受け入れられずに、原作初期を少々ねつ造し、「奥多摩後」の二人の物語を書きました。少しずつ寄り添う二人。その原点を一本の線でつなぐのは、槇村秀幸と冴子の想い出のバーと、そこで振る舞われた一杯のカクテル。そのカクテルはやがて、リョウと香の特別な一杯に-----


幕間ー「すべてはその一杯から」(中編2編/完結)
リョウと香の祝宴と、大切な大切な人との再会の物語。「すべてはその一杯から」からこぼれ落ちたお話です。


終幕ー「すべてはその一杯から」(中編1編/完結)
あらたな始まりの物語。様々な出会いと別れが冴羽リョウという男を形作った。香と新たな一歩を踏み出そうとする、その最初の一歩の物語。


「My Best Buddy」 (長編/完結)
リョウと香の子供たちは、2016年春、大学進学を控えていた。そこに呼び込まれた事件とはーーー全41話。
「もしもリョウと香が年齢を重ねていったら、こんな二人になっているかも」と、妄想を膨らまさせた物語。ダンディなリョウが国家を巻き込む大掛かりな事件を鋭く解決!
”お前こそ、オレの生涯最高のパートナーだ” ーMy Best Buddy……


「霧を超えて」(長編/完結)
子供が欲しいと言い出せない香、子供を持とうと決断できないリョウ。お互いを深く思いやりすぎる二人は、少しずつすれ違いはじめる。依頼遂行の過程で、香はリョウのもとを離れる決断をする。リョウは策略に巻き込まれ姿を消した。二人の運命は、まさにいま霧の中を進むーーー全29話。
”二度と銃口を人に向けるな。約束してくれ”ーーーリョウの想いは香に届くのか!?


「君に、愛を」(中編/完結)
1960年前後の京都と1997年の東京、この時空を結ぶものは? 二組の夫婦の愛情物語。
”私たちが息子に注いでやれなかった全ての愛を、君に託そう”……全11話。


キリリク作品(中編5編/完結)
リョウのドタバタコメディを含む中編たち。家族旅行に出かけたりもして、かなり自由です。二世たちのお話も。


花言葉のお題(1)(2)(お題コンプリート)
リョウと香の様々な時間を切り取ったショートストーリー。
「すべてはその一杯から」〜「My Best Buddy」のどこかの二人。双子も登場します!


「幼なじみの恋」(中編/連載停滞中)
リョウと香の長女槇村藍、ミック・エンジェルと名取かずえの長男ラルフ・エンジェル、二人は4歳年の差のある幼なじみ。
ラルフは藍の父親に怯えながらも、藍への愛を誓っている。二人の恋の行く末は!?


「色彩の美女」ー100のお題(更新中)
色にまつわるお話を100題。設定自由でいろいろな獠と香を描いています。
”phenomenon”と題して、「こんな奥多摩後のストーリーもあるかも」な物語を。恋をして、結ばれた後に襲い来る不安と、それに乗じるように何者かの襲撃にあい、凶弾に倒れた冴羽獠。寄り添う香は、獠の愛の大きさを知るーーー。


「新宿島物語」(パラレル長編/完結)
とある絶滅危惧種の保護活動に情熱を燃やす、生態学者冴羽獠の物語。他人を拒絶し、理想に生きようとする頑な心を癒すのは、一人の女学生だったーーー。全51話。
”愛を求める女を愛そうと思ったこともないし愛したこともない。だが、そんな女たちとはまったく違う槇村香。香はおのれを追いかけている。だがそれは、愛されたいからではないのだ。ただ、俺の側にいたいと言ってくれる。それは・・・それは、香が自分を無条件に愛してくれているからなのだろう?”
やがて開かれる心、未来へつながる物語へ。


「ブルーマウンテンに輝く星」(パラレル長編/投稿サイトにて完結。移設中)
若くして写真家界に頭角を現した動物写真家冴羽獠。類稀な作品を生み出し続ける独特の世界観には、実は隠された秘密があったーーー。全57話。
”香、お前がどんな決断をしても、俺はお前をおいかけるよ。初めて会ったあの日、まだお前はほんのガキだった。だが、お前の何かが確実に俺の心を捉えたんだ。その正体を見つけるまで、こんなにも時間がかかってしまった。だが、きっと無駄な時間なんかじゃなかった。俺はお前に惚れたおかげで、ここまで来られたんだと思うーーー”
確かな絆を得た二人は、更なる一歩を踏み出す。









自己紹介的に書いてみた。【同人サイト管理人に30の質問】

1.まずはあなたのH.N.をどうぞ。

サバ猫 と申します。サバ色の猫です。

2.サイト名は何ですか? 由来などもありましたら。

Fragile 壊れやすいモノという意味です。由来? なんとなくです。


3.サイトの開設日はいつですか?

2016.3.11 5年前の震災に追悼したのち、唐突に開設を思い立ちました。

4.あなたがサイトで扱っているジャンルはなんですか?

北条司先生の「シティーハンター」の二次創作(小説)です。

5.そのジャンルで扱っているコンテンツは? (ex.小説、イラスト)

小説オンリーです。絵心はゼロです。てか、たぶんマイナス行ってます。

6.作品について。 カップリングにはどのようなものがありますか?

リョウ*香 です。でも、原作登場人物は誰でも書けると思ってます。

7.作品について。 一番贔屓にしているキャラは誰ですか?

もちろん、リョウちゃんです。

8.作品について。 傾向は? (ex.ほのぼの、シリアス)

シリアス書きたいけど、書けない。ほのぼのはちょっと難しいかも。
いろいろ書いてみたいです。

9.作品について。 年齢制限はありますか?

まったくございません。
書いてる人間の精神年齢が低いので。。

10. 作品について。 書く(描く)上で気にかけていることは?

丁寧に書くこと。
愛を忘れないこと。

11. 作品について。 これからどんなものを書いて(描いて)みたいですか?

パラレルを書きたいという野望が。難しいと思うけれど。

12. あなたのサイトのイチ押し作品は?

おすすめできるものが書けるよう、頑張ります!

2017.2.14変更
君に、愛を。
パラレル的要素を含みながら、リョウの生い立ちをねつ造したという作品です。自分の書き方の一つのスタイルが、これで確立しました。
2016.5.9変更
ポーカーフェイス これが原点かと思います。

同窓会 は私自身とても楽しんで描いた作品で、好評のようです。


13. 更新予想頻度を教えてください。(不定期なら不定期と)

不定期です。週一くらいを目標、かな。

14. 今後のサイト運営方針は?(野望など)

とりあえず、続けること!

15. あなたの性別は?

男脳女脳で調べたら、男70%女30%でした。
一応、Femaleです。   

16. あなたの血液型は? それと同じキャラは思い当たりますか?

A型 キャラ? わかりません。

17. あなたの誕生日は? それと同じキャラはいますか?

8月19日 
ココ・シャネル、
9代目松本幸四郎(お誕生日にミュージカルを見にいったら、盛大に祝われて自分も嬉しくなったことがあります。)

18. 年齢、職業など、差し支えのない範囲で。

年齢は干支は3回以上は確実にまわってるってことで。
職業は、めっちゃ理系の技術系です。頭の中も、バリバリの理系です、と思ってます。


19. 出身地、活動範囲はどの辺ですか?

コスモポリタンということで。

20. 似ていると言われるキャラは? (顔でも性格でも)

ジブリに登場する5歳児くらいのキャラは、すべからく私をモデルにしていると思っております。

21. 好きなものを5つあげてみてください。(何でもいいです)
   
ワイン、猫、サッカー、自由、あとひとつ? わからん。。

22. 嫌いなものを5つあげてみてください。

人の噂話、自分勝手な人、使いっぱなしで放置されたコーヒーカップ、開けっ放しの引き出し、あと一つ? 特になし!

23. ハマりやすいキャラのタイプは?(萌ポイント)

ハードボイルド
アニメだと声がいいと、結構すぐはまる。声フェチです。


24. サイトで扱っているジャンル以外で話が通じるのは?

攻殻機動隊 特にアニメ版。神作品だと思ってます。タチコマのファンです。
鬼平犯科帳 鬼平は理想の上司。こんな人の下で仕事したい。
名探偵ポアロ 声はもちろん熊倉一雄さんで。灰色の脳細胞です。
十二国記 ファンタジーとかそんな枠はとっくに飛び越えた、傑作だと思ってます。


25. あなたのパソコン歴は?

Windows95から使ってます。


26. あなたのオタク歴は?

オタクなのでしょうか? だとしたら人生のほとんどだと思う。

27. 同人世界に足を突っ込んだキッカケは?

突っ込んだのでしょうか? ただ、書きたかったのです。

28. オタク関係以外の趣味は?

サッカー観戦 某J1チームの熱心なサポーターです。
スキー 下手の横好き。位置重力を弄ぶ感が好き。休憩にゲレンデでビール! これが最高です。
読書 乱読です。
DVD鑑賞 マニアックな映画が好き。

29 休日の過ごし方はどのようなものですか?

サッカー観戦 試合ある限り、できる限り参戦。忙しいです。
旅行 サッカー観戦かねていくことも多い。
温泉 秘湯巡り。そのうち温泉ソムリエをとりたい。
庭いじり ベニシアさんの庭を目標に、頑張ってます。
家庭菜園 おもに夏専門。野菜を育てるのは喜びです。
猫の世話 綺麗な猫と長年暮らしています。歳とって、いろいろと大変…。

30 最後に、読んでくれている人に愛の一言をどうぞ。

よろしくお願いいたします!



お題配布元
Tip Tap Toudie 第二基地(T×3第二基地)

作品年表 −ご参考に。

リョウと香の物語り;簡単な年表

tips


年代
物語りのタイトル
tips
1960年君に、愛を。リョウの両親の物語。
1997年の獠と香とリンクしていきます。
1985年
3月
ポーカーフェイス槇村秀幸との出会い。香との出会いの物語りを。
(1993年から回想)
1987年
晩秋
戸惑う心リョウと香、そして冴子の思いを。
1992年初夏空木花言葉のお題からー秘めたる恋
2012年彼岸花花言葉のお題で、槇兄のお墓参りの一コマを
1992年冬近付く二人「死なせやしないよ」の後日談。
1992年1月山葵花言葉のお題で、初めての朝を。
1992年2月スノードロップ花言葉のお題からー初恋のため息
1992年2月竜胆ちょっと弱気な獠を、花言葉のお題に寄せて。
1992年3月蒲公英花言葉のお題に寄せて、リョウの決意を。
1992年
初春
咲き誇る花リョウの重大を決断を。
1992年
初春
スイートピー花言葉のお題から二人の甘いひと時を。
1992年
2月
スノードロップ親友に追求されて赤面する香を、花言葉のお題のよせて。
1992年春それぞれの時刻(とき)恋が実る時、失う時を。
1992年春祝宴仲間達に見守れて。
1994年カモミール花言葉のお題によせて、獠と香の些細な喧嘩と仲直りのお話を。
1993年
新春
再会この人に、再び会わなければ二人の物語りは進みません。
1993年春解き放たれる闇一つの伝説の誕生? カクテルXYZのもう一つの物語り
1993年
初夏
邂逅多くの出会いと、そして未来へつながる物語り。
1993年
初夏
紫陽花花言葉のお題によせて、ミックの回想を。
1993年
晩秋
長編;「霧を超えてリョウと香の微妙なすれ違いを。
1994年オンシジウム花言葉のお題によせて、獠と香の映画のような日常の一コマを。
1997年君に、愛を。双子誕生の物語。
1998年
5月
金瘡小草二人の子供の名付けの物語りを、花言葉のお題によせて。
1998年
5月
布袋葵花言葉のお題で、出産間近の香を気遣うリョウを。
1998年
晩夏
新宿に戻る香を出迎えるリョウの想いを、花言葉にお題で。
1999年
3月
鷺草花言葉のお題で、比翼の鳥の二人を。
2002年5月花菖蒲花言葉ー嬉しい知らせ。獠の子育て日記?
2002年鳳仙花花言葉のお題によせて、孤独なリョウとその癒しを。
2002年ローズマリー花言葉のお題によせて、獠の追憶を。
2003年
8月
花火冴羽一家の初めての家族旅行。
2004年同窓会香を渋々同窓会に送り出したリョウが,散々な目に
2005麦藁菊リョウの過去と現在を、花言葉のお題によせて。
2006年リョウの授業参観?
マダム香の危険な午後!!
なんとしても授業参観に行きたいリョウ、ちょっと壊れてます。
2008年牛蒡花言葉のお題より。藍が猫を拾いました。
2012年パイナップル花言葉のお題から、スイーパー一家の午後の過ごし方?
2016年
3月
リョウのお誕生日に寄せて
2016年
3-4月
長編「My Best Buddy円熟した二人の物語り。長編ミステリーです。
2016年
7月
槇村秀のとある一日リョウと香の息子のとある一日を。
2016年夏藍とラルフの恋愛講座?
恋のレッスンは物理学とともに!
二人の娘とミックの長男の恋愛講座。
二人の恋の行方はいかに??
2021年頃七夕の出会い運命の人と出会う槇村秀の物語り(献上品)。今の所公開予定無し。




<番外>
獠と香のパラレルストーリー(長編)
新宿島物語」(pixivにて連載中

ブルーマウンテンに輝く星 46

獠はファインダーの中の巨体に、心からの敬意をもって挨拶をした。

「サタオ、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ。もっと老け込んだかと思ったが、元気そうじゃないか」

巨象は白いランクルを認め、しばし歩みを止めて佇んでいる。シャッター音が、続いていた。
体高は4mにも届くだろうか。牙が地面につきそうな長さなのでおよそ3m、見上げるような大きな象だ。黒い瞳は、今度は獠の構えるカメラのレンズを見つめているように見える。大きな三角の耳をふわりとさせた。

”久しぶりだな、若造。ちょっとは成長したか?”

サタオはもしかしたら、そんな風に答えたかもしれない。
香は獠とサタオと呼ばれる象が、レンズを介して対話しているように見えた。先ほどとは違う、静かな時間が流れ始めている。香も慌ててカメラを構えた。

やがて、一回り小さい象が姿を現した。

「親子ですか?」と香は美樹に問いかけた。
「違うと思うわ。だけれどサタオを手本にしている」

50年生きた象は、そのまま象コミュニティーの長老と言っていい。サバンナの生き方全てを知り尽くしている存在だ。若い象は、そんな長老を見本にしていくのだという。
香はサタオをじっと見つめた。視線に気がついたのか、サタオが少し顔を廻らせて香を見た。

「人のことが、よくわかるみたい」
「賢いのよ、このサタオは。だけれど、私は心配なの。人に慣れているようなところがあって、それなのに悪意を知らない」

そう呟いた美樹の声は、本当にこの象を案じるものが含まれていた。
これだけの牙を持っているのであれば、密猟者が狙うのも当然だろう。

しばらくサタオと過ごし、そうしてそのまま車はKWSの調査班が常駐している研究所へと向かったのだった。その間にも、いくつかの象の群れに遭遇し、幾種類からの動物に出会った。呑気に道路を歩くリクガメを巧みにさけ、岩場で固まったまま動かないナイルオオトカゲを横目に見ながら車は進む。さすがに大公園ということだけあって、動物の密度が他に比べて低いように香には感じられていた。

「この場所は50年前にここが国立公園に指定されてから、ずっとゾウとサイの研究をやっているのよ」

美樹は獠と香に研究所を案内しながら、言った。ゾウと同じくサイも密猟にあって、数を減らしている。特にクロサイが絶滅の危機にあり、このツァボでは、クロサイに限っては決められたエリアを囲って、保護と繁殖につとめているのだった。
実は、獠はここには以前来たことがある。美樹がもっとも悲しくなる場所で、そして、同時に心が温まる場所でもある言っていたのを思い出す。

「ツァボのゾウは有名だけれど、ずいぶんと殺されてしまって……その歴史を忘れないためにもこの場所があります」

そう言って、美樹は資料室と書かれた扉を開けて、電気をつけた。
香はその光景に一瞬息をのんだ。奥行きのある部屋だ。両脇にスチール棚が据え付けられていて、そこにおびただしい数の白っぽいものが並んでいる。

「象の頭蓋骨よ。この公園で殺された象たちのものです。牙をとるために、酷いことがされているの、わかる?」

残された骨から、推定年齢や牙の大きさも分かるのだろう。流通する象牙のうち、どれくらいがこのツァボの象のものであるかも、だいたいわかっているのだ。そんなことよりも、やはり、戒めの意味があるのだろう。人間の欲望のために殺された象たちなのだ。

香は何も言えないでその光景を見つめた。だが、忘れまい、とこの光景をと胸に刻んだのだった。

「子象がいるの。ミルク、あげてみる?」とふわりと笑った。

研究所自体はそう大きな施設ではないが、セスナもヘリも飛べるように滑走路も完備されている。ここがツァボ・ウェストとイーストの管理施設の一部であるからだ。広い公園内を陸路だけで巡回するのは不可能なので、適宜、セスナとヘリを使い分けているのだという。
屋外施設で目を引くのが、孤児院だ。現在、4頭の孤児の象がいるという。

4人がこのこの孤児院に姿を現すと、飼育舎の掃除をしていたスタッフが飛んできた。

「ファルコン、いいとこにきてくれた。ハルミがミルクを飲まないんだ。頼めないか?」
「いつからだ?」
「昨日から。哺乳瓶をひどく嫌がるんだよ」
「なんだろうな」

話の脈絡から、ハルミとはおそらく子象のことだろう。
これから象たちは散歩に出るというので、ゾロゾロと姿を現した。子象と言ってもすでに体高は1.5メートルを超えている。象たちはファルコンのほうにゆっくりと近付いてくるのだ。特に呼んでいるわけでもないのに、だ。

「おいおい、まさか海ちゃん、象に好かれるたちかよ……」

獠はその光景を見ながらこう言った。大男が象に見事にまとわりつかれているのだ。そのファルコンは、「おいまて、順番だ」とかなんとか喚きながら哺乳瓶(と言っても2Lサイズなのだが)を手に持っているのだった。象たちは哺乳瓶目当てというよりも、純粋にファルコンに戯れついている。哺乳瓶は4頭それぞれにあるようで、ファルコンは器用にミルクを飲ませる。あるいは、自分の鼻でうまく巻き取ってがぶ飲みしている象もいる。

「ハルミ、飲め」

そう言ってファルコンはひと際小さな象に哺乳瓶を向けた。そうすると、鼻で少し匂いを嗅いでそれを咥えようとする。そのままファルコンはぐっと哺乳瓶を押し込んでミルクをのませた。

「ちゃんと飲むじゃないか」と係官に言うと、たぶんファルコンじゃなきゃハルミは嫌なんだろうと、お手上げのポーズをしてみせた。

「手慣れたもんだな、海ちゃん」と獠はファルコンとハルミに近付いた。
「このハルミは、一人でフラフラしてるのを、俺が見つけたんだ。そんときから俺に懐いてる」

ぶっきらぼうに海坊主はこういうのだった。

「懐いてるっていうか、ファルコンを母親と思っているのよ、この象は。ハルミという名もファルコンがつけたのよ」と美樹が説明をつけたした。
「へぇ〜。海ちゃんがねぇ」と獠はニヤニヤとハルミとファルコンを見比べるのだった。香もその横に立って、象を観察した。
「香、触っても大丈夫だぞ。構わないよな、海ちゃん」
「おぉ、優しく触ってやってくれ」

香はおずおずと手を差し出して、ハルミの鼻に触れてみた。ぶにょぶにょしていて、おもしろい触り心地だ。

「ハルミちゃん、上手にミルク飲むんだね。……あ、牙も生えてきてる」

まだまだ牙と呼ぶには小さ過ぎるが、確かに白いものが生えてきている。

「もうすぐ1歳だ」とファルコンがポツリと言った。

象は生後2年ほどは母親からミルクをもらう生き物だ。この孤児院でも2年間はミルクで育て、だんだんと食事の採り方を覚えさせるのだという。野生では10年は母親のもとで暮らすが、孤児を野生に戻すには、もう少し早くからフィールドに慣れさせていく。これは簡単なことではない。だが、孤児となった象がやがて大人となり、保護区内で家族を形成していくのを見守るのは、この上ない喜びなのだという。
それは、香にもよくわかるような気がした。かつて獠は、「自分たちは所詮カメラマンで、何もできないと思った方がいい」と言っていた。それも一面真実だろう。だけれど、この象の孤児院のように、ほんの少しだけでも助けになることが、人にはできるのだろう。希望、そう、希望が見いだせるなら、もしかしたら人は前に進めるのかもしれない。

ファルコンがこのまま象の散歩に行くというので、美樹も獠も香もそれにつきあった。
象と散歩できるなんて、滅多にないことだからと、香もずいぶんと楽しんだようだ。笑顔が眩しい、時折獠はそう思う。

この日はこんなふうにめいいっぱいゾウを満喫して、夕方、キルガニロッジに戻った。
この日は伊集院夫妻もここに泊まるとかで、いつかのように4人で夕食も楽しんだ。レストランの眼前に広がる池に、やはりキリンやガゼルが姿を現していた。ガラスの内側にいる人を気にするでもなく、水を飲んでいる。いや、むしろあちらからしたら、この場所は本来動物たちのテリトリーで、人間の方が間借りしているだけなのだ。意外と、観察されているのは人の方かもしれない。

明日は朝早く動くからと、スイートルームに収まった獠と香だが、獠の方はそそくさと自分の部屋に引き蘢った。香はそれが少し寂しいが、確かに朝が早いのだから仕方ないかと小さく溜息をつく。

いまや、獠の方が異性として過剰に香を意識していることを、もう認めずにはいられない。
かつては香の方がちょっとしたことでドギマギしていたのに、いまや立ち場が逆転しているのだ。香は確かに獠に恋をしていたのだろう。だが、それはいつしかもっと深いものに変化している。獠を守り、支えたい。固い殻の中から、本当は優しさに溢れるその心を救い出したい。それが自分にはできるはずだと思うし、そう思えば思うほど、獠の側にいる自分が自然だと思えている。

獠は今、自分の愛の前で立ちすくんでいる。いつしか香を深く愛していた。それは認めよう。だが、その見返りを求めるのは間違っているだろう。それ以上に、自分が香を愛することが、そもそも許されるのかーーー
なぜなら、自分は所詮、父親と同類だと分かってしまったから。写真の世界で同じ道を歩もうとしている。そして、家族までもったのに、このザマかよとその父親に呆れている自分だ。こんな自分は、きっとここでも父親と同じ道を歩むだろう。形は違うかもしれないが、きっとそうなると、どこか怖れている。
だが、香の笑顔を見ては心がざわめいて、いたたまれなくなる。
ーーーそのまま抱き寄せて、愛を囁いて、そうしたら笑顔を返してくれるだろうか? その笑顔を、守りきると俺は誓えるのか?

こんなふうに誰かと真剣に向き合うことすら、初めての経験なのだ。獠はたぶん、遅過ぎた初恋に戸惑っている。
だから、部屋に閉じこもる。同じ空間にこれ以上いたら、気持ちにまかせて自分が何をやらかすか、自分を止める自信がすでにない。

かつては気楽に女を抱いていたろう? あんなの、ただのコミュニケーションだし、お互いに最高の快楽が得られる娯楽みたいなもんだ。そうじゃなかったのか? 
想像してみろ。香をそんな相手にしていいのか? 

いいわけ、ないだろうが。いいわけがないんだ。

その先にあるものを、獠は、まだ知らないのだった。


***


翌日は、ムジマスプリングスを散策して、水中を優雅に泳ぐカバを観察した。その後はサファリドライブ、翌日には、ファルコンがヘリでウェストツァボ、イーストツァボ上空を飛んでくれて、思わぬ空中散歩も楽しんだ。

ヘリを降りてから、ファルコンは言った。

「そういえば、シンバからロケの協力要請が来てたな。あれ、お前だと聞いたが?」

例の「グレート・プラネット」のことだろう。

「ロケ協力って?」
「空撮をするヘリを、うちでというか、俺に飛ばせと言ってきてる」
「ほう。岩本さんなら考えそうだな」
「国立公園の上を飛ばすんで、もしもなんかあった時にはKWSのほうがいいってことだろう。ま、俺はドジは踏まんがな」
「国立公園の上って、まさかケニア山もか?」
「そう聞いている」
「大丈夫か? 確かロケは標高4000メートルあたりでやるはずだぞ」

山岳でのヘリの飛行は、その高度と風の影響で難しいのだ。テレビカメラを回すとなれば、空中停止するホバリングの技術もいるだろう。

「ふんっ! 問題ない。俺はフランス陸軍第2落下傘外人連隊にいたこともあるんだぞ」とファルコンは、どうだまいったかとばかりに両腕を組んだ。

第2落下傘連隊と言えば、外人部隊で唯一の空挺部隊で精鋭として知られている。隊員全員が、高度な空挺技術とヘリボーン技術を持つのだ。市街地だろうが山岳だろうが砂漠だろうが、あらゆる場所のあらゆる地形での作戦を遂行する部隊だ。確かに4000メートルの山岳地も問題ないだろう。
だが、獠は疑わしげな目をファルコンに向けた。

「ほんとか? おまえ、前は第十三外人半旅団って言ってたじゃねぇか」
「それはだな、最終的にはそこにいたんだよ」
「ふぅん。まぁいいが。死ぬんじゃねぇぞ」と獠はファルコンの肩を叩いた。
「お前こそ、高山病でくたばらんようにしておけよ」

高山病、このことは獠にも気にかかっている。ケニア山ロケは、4000メートルあたりまでしか登る必要がないとのことで、5000メートルを超える山頂はとりあえず目指す必要はない。だが、これでも十分に高山病の可能性があるのだ。ロケまでまだ少し間があるので、日本に戻ったら少しでも高地トレーニングをやっておいたほうがいいだろうと考えていた。そうすることで、ロケのときの高地順応をスムーズにいくはずだ。
ーーー久しぶりに白山でも登るか……。
そんなことを考える獠だった。かつて、白山でニホンザルの撮影を行ったことがあり、愛着のある山でもあった。
香も、連れて行った方が、いいんだよな、と当人の顔を見やったのだった。

ヘリの翌日は、ツァボ・イーストを獠と香の二人で走り、ピンクエレファントの撮影にも成功している。イーストの方がより土が赤いのか、すべての動物が少し赤みが強く見えている。香のお気に入りのイボイノシシの親子にも遭遇して、それもピンクがかっているのが可愛いと香はコロコロと笑った。

夜は美樹のお勧めのヴォイ・サファリ・ロッジに泊まり(当然部屋は別にした)、翌朝、ナイロビに向けて出発した。

「そろそろ、帰国準備だな」と獠は運転しながら香に話しかけた。
「ですね」
「帰ったら、忙しくなるから」

もしかしたら、もうすでにスタジオにマスコミが押し掛けていたら、と想像しなくもないが、佐山が集めてくれたニュースは国際ニュースだ。問題の国は日本ではほとんど知られていないから、まだ気がつかれるまでに時間があるのではないかと、獠は希望的観測を持っていた。

日本に帰ったら、何から始めればよいのか、獠も具体的には分からない。分からないが、香がすでに何かを預かっているように、自然と流れができていくようにも思えるのだった。


***


獠がナイロビに戻ってすぐにやったことは、車の整備だった。
再びロバートのガレージを訪ね、一通りの点検を依頼した。1時間もあれば終わると言うので、獠と香はその場で待つことにした。
そこに、大美人がチャイを運んできた。獠のモッコリ魂に、久しぶりに火がつきそうなインド系美人だ。

ーーーそうだよ、そうなんだ。美人を見ていれば、香のこともちっとは薄まるんじゃないか? 美人のことを考えるんだ。こぉーんな、モッコリ美女が目の前にいるじゃないか!

と思ったところで、女性はニコリと獠に笑いかけた。

ーーーおぉ! 笑顔も最高にキュートじゃないか!

だが、大美人は続けて言うのだ。

「はじめまして、ミスター・サエバ、私、ロバートの妻のソフィーです」

獠はこの挨拶に、あやうく口に含んだチャイを盛大に吹き出すところだった。
ーーー妻、つまだと!!!!

ほんの1ヶ月ちょっと前に、ロバートは本気か冗談か定かでないが、香を妻に迎えたいと手を握りしめていたではないか。いったいどうなってるんだ? このひと月で何か急転したのか? と思い、はたと思い当たった。
チャイをテーブルに置いて、おもむろに立ち上がり、ランクルの足回りを見るために車に潜りこんでいるロバートに声をかけた。

「ロバート、一つ聞きたいんだが」
「ん、なんだ?」
「ソフィーは、君の第一夫人か?」
「いや、セカンドだ」

ロバートの淡々とした返事に、獠は、なんてこった、すでに妻が二人もいるなんてと、手をキツく握りしめた。

「そうか……あのさ、前、香を妻にって言ってたよな。そしたら香はサードってことか?」

だんだんと腹が立ってきて、獠の声に刺が出始めていた。それに気がついたのだろう、ロバートが車から這い出した。

「リョウ、なんか怒ってる?」
「いや」
「ウソだ。怒ってるじゃないか。言っておくが俺はムスリムだ。妻は4人、持てるんだ」
「そんなことはよく知っている。だが、香はムスリムじゃないだろう。それを改宗させて妻にっていうのに、三番目ってあんまりじゃないか」

何に腹が立つのかさっぱり分からなくなっている獠だが、とにかく我慢がならないのだ。
ロバートは立ち上がって、獠の顔をマジマジと見た。

「リョウ、ムスリムの複婚っていうのはさ、順番にはまったく意味がないんだ。すべての妻を平等に扱う、それができなければそもそも許されないことだ。ソフィーに聞いてみろ。第二夫人で何か不都合があるか、と。俺はアンジェラもソフィーも、平等に扱っている。女性としても、経済的にもだ」

アンジェラというのが第一夫人なのだろう。名前までも美人っぽいのが忌々しいと獠は思う。だが、問題はそこじゃない。

「そんなことを聞いてるんじゃない。香が、それで幸せになれると思うのかと聞いている」
「カオリが望むなら、なれるさ。俺はこう見えて商売上手でね、ガレージも儲けてるし、金にも困ってない。愛も多分に持ち合わせてるんでね。カオリを妻に迎えることは十分可能だ」
「お前……」

獠は思わずロバートの襟ぐりを掴みそうになって、ぐっと耐えた。ロバートの言い分は、ムスリムとしてはなんら間違っていないのだ。

「リョウ? 何かに熱くなってるようだが、お前、カオリの何なんだ? 兄か? 保護者か? それとも、恋人か?」

煽られている。そう、獠は分かるから、ぐっと声を抑えて言った。

「それ以上、言うな。お前を、殴りたくない」

ロバートはふっと微笑んで、獠の肩を叩いた。

「その想い、彼女にちゃんとぶつけてやれ。お前ら、お似合いだよ。車は問題ない。このランクルを乗りこなすよりも、彼女を乗りこなす方がお前にとってははるかに簡単なことだと俺は思うがな」
「香は……モノじゃない」
「その通りだな。だが、だからこそ尊い。この車を大事にできるお前なら、一人の女性を幸せにするなど造作もないことだ。だが、日々のメインテは大事だ。この車、しばらく乗らないなら、次に乗り出す前にもう一度持ってこい。古い車だ。そういう手間は惜しむなよ」

そう言って、香のほうへ向かっていくのを、獠は呆然と見送った。
自分はいったい何に腹が立ったのかーーー
そんなことは明白だった。自分だったら、香をたった一人の女として大切にする、そう言いたかったのだ。そして、香を幸せにできると言いたかった。だが、ロバートに言ったところで仕方がない。獠はぎゅっと左手に力を込め、そして心を落ち着けるように力を抜いた。

香を見ると、ソフィーとすぐに打ち解けたようで、ロバートも交えておしゃべりを楽しんでいる。

「ロバート、世話になった。香、そろそろ帰ろう」

そう、帰ろう、香。俺たちの新宿にーーー

唐突にそう思った。獠の沈みがちな声に香は驚いたが、ニコリと笑顔を見せて立ち上がった。

「帰ろう、獠のスタジオが、待ってるから」

そう言うと獠の腕をひいて、自分は運転席に乗り込んだ。

「街中も、ちょっとは練習したいからシンバまで私が運転する。それでいい?」

獠は頷いて助手席に乗り込んだ。

「ロバートさん、お世話になりました。きっと、また来ます」

そうニコリと言う香は、ロバートにかつて求婚されたことなど綺麗さっぱり忘れているのだった。そんなことよりも、獠のこれからが気にかかってならない香だった。自分が、どんな時も獠を支えるのだと、改めて決意していたのだ。


ーーー続く

ブルーマウンテンに輝く星 45

「あれがキリマンジャロね。すごい!」

香は目の前に広がるサバンナとキリマンジャロ山の勇壮な光景に、思わず声をあげた。
手前のサバンナにはゾウの群れがおり、キリンの姿も見える。そして、インパラやガゼルといった草食動物がのんびりと草を食んでいる。

キリマンジャロは標高5895メートルの独立峰だ。山塊・山脈に属さない山としては、世界最高峰で、頂上付近には氷河を戴いている。山体の大部分はケニアの南の隣国、タンザニアに含まれているのだが、これには実にくだらない逸話が残されている。
もともとキリマンジャロには、イギリス領東アフリカ(現ケニア)とドイツ領タンガニーカ(現タンザニア)の境界線がまっすぐに引かれていた。だが、のちにこのキリマンジャロがアフリカ最高峰だと知ったドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は、イギリスに境界線の変更を要求したのだ。曰く、「そっちにはすでにケニア山があるから、キリマンジャロをくれ」だそうだ。
イギリスはこれに応じ、1885年、皇帝への誕生日プレゼントとしてキリマンジャロをドイツに割譲したのだった。地図を見ると、まっすぐにひかれた国境線は、この山の部分だけ大きくケニア側に抉られるようになっている。ちなみに、当時のイギリスは「7つの海を制する」大国で、その統治者はヴィクトリア女王だ。この時代、ドイツとイギリスは順風満帆の関係を築いてきたわけではなかったが、キリマンジャロ一つで関係が安定するならばと境界線が引き直されたのかもしれない。あるいは、ヴィルヘルム1世の息子はヴィクトリア女王の娘と結婚しているので、親戚同士の譲りあいであったのかもしれない。いずれにせよ、大真面目に「誕生日プレゼント」であったことは史実である。
そして、もっと重要なことが、この国境線で、サバンナを住処とする遊牧民のマサイ族は、一つの民族でありながらまっぷたつに引き裂かれることになったのである。西洋列強に翻弄されたアフリカらしい逸話だ。

獠と香はこのキリマンジャロを、アンボセリ国立公園から眺めている。キリマンジャロの姿が最も美しいのは、この場所からの眺望であるともっぱら言われており、実際に独立峰らしい美しい姿を拝むことができるのだ。

「ね、獠。やっぱり地球ってすごいね」

ランクルの助手席で、香はそう言った。

「キリマンジャロ、気に入ったか?」
「景色を見て感動するってこういうことなんだなって、トゥルカナ湖を見下ろした時にも思ったの。自分はもう、これ以上の風景なんて見ることはないんじゃないかってぐらい、感動した。でも、キリマンジャロも感動的。言葉がうまく出ない」

獠はそうだろうと、やはり思うのだ。自分も初めてこの公園に来た時、その勇壮さと迫力、美しさに魅了されたのだ。
だが、香が言ったトゥルカナ湖も、格別だった。獠は10年以上この国を走り続けているから、キリマンジャロにもケニア山にもいちいち感動しない。野生のキリンもゾウも、そこにいて当たり前なのでいちいち心は動かない。だが、トゥルカナ湖を香と見下ろした時、自分を駆け抜けたものは確かに「感動」だった。それは、風景が素晴らしいというだけでなく、困難な旅を香として、ようやく辿りついた水辺であったからなのかもしれない。見るものの心があってこそ、風景に意味が出るのだろう。そんな写真を、自分も撮れるだろうかと少し考えた。そうして思うのだ。香とともにであれば、いくらでもできる気がするし、挑戦したいと。

「今日は好条件だ。山頂の氷河までしっかり見えている。こんな日はそう多くはないんだ。いい写真が撮れるよ」

アンボセリに来てすでに丸一日を二人は過ごしている。ここは比較的小さな国立公園なので、一日あればぐるっとまわることができ、獠も香も自由に撮影を楽しんでいた。ゾウが多いことで知られる場所でもあり、子象を連れた群れをいくつか見た。香もさすがに野生動物に慣れてきて、インパラやガゼルなどはもう素通りすることにしたようだった。

二日目の夕方のことだった。森林帯に続く道から、白いサファリカーが出てきた。運転手が窓を開けて、「ライオンが奥にいる」と運転席の香に伝えた。「君らはラッキーだよ」と付け足されて、グッドラックの意味だろうか、親指を突き立てられた。

「よし、ゆっくり進んでいこう」

獠はそう言ってカメラの準備を始めた。
夕闇が迫っている。森林に入ると、少し薄暗いとさえ感じるような時間だ。香は慎重に車を進める。だが、それほど慎重にならずとも、ライオンは道の真ん中にいたので遠目にもすぐにわかった。
二匹の雌ライオンが、真っ黒なヌーを豪快に貪っている。それだけでもかなりの迫力だ。もう少し近付こう、獠がそう言うので20mほどまで近寄った。さすがに車を降りるわけにはいかないので、獠は助手席から身体を乗り出すようにして写真を撮った。体長150cm程度だろうか、長い尻尾を時折振り上げている。食事に夢中になっていた二頭は、唐突に顔をあげ、低い声で唸り始めた。

運転席の香は、もしものときのためにハンドルを握ったままだ。近付き過ぎている、と本能が知らせるのだ。もしもライオンが全速力でこちらに駆けてきたらひとたまりもない。いや、車の方が大きいのですぐにどうということはないが、十分に恐怖を感じる容貌をしている。

「香、気配を辿ってみろ。雌が雄を呼んでいるんだ」

獠が助手席にしっかり戻って、そう小さな声で呟いた。雌ライオンのうなり声が、低く続いている。
香は息を止めるようにその雌を見つめた。確かに、仲間を呼んでいるように見える。動物を長く見慣れてくると、鳴き声やうなり声に意味があると、理屈抜きに感じられるようなるし、大抵あたっているから不思議だ。車内は沈黙で満たされていた。緊張感が、少し漂っている。
やがて、見事な鬣を持った雄ライオンが、林の中から悠然と姿を現した。ちょうど、右方向からゆっくりとやってくる気配が、少し前から香にもわかっていた。

「獠、右手」
「あぁ。見事だな」

巨体な雄の中でもさらに大きな部類だろう。体長2メートルは超えている。体重もおそらく200キロは超えているだろう。雄ライオンはヌーと雌2頭を認め、そうして獠と香のランドクルーザーのほうに顔を向けて、じっとしている。

「香、ゆっくりバックだ。慌てなくていい。静かに後退しよう」

言われずとも、香はそうするつもりだった。先ほどから足元から恐怖が這い上がってくるのだ。これに襲われたら、ひとたまりもないと思わせる大迫力。これまで寝ているライオンしか見てこなかったから、なおさら恐ろしい。
香は慌てるなと言われて心を落ち着けようとするが、手が震えている。クラッチを踏んでギアをリバースに入れようとするが、いつも少しクセのあるこのギアが言うことをきかない。手にじっとりと汗が滲み、さらに慌てた。

獠が無言で、ギアを握る香の左手をそのまま自身の右手で包み込むようにした。

「大丈夫。焦らなくていいから」

穏やかな獠の声に、香は一つ深呼吸して、改めてギアをリバースに入れた。今度は素直に入った。車を展開させるスペースはないので、このままバックで後退していくしかない。香は慎重にアクセルを踏み込んだ。念のために森林を出るところまでそのままバックで進んで、車を停めた。

「怖かった」と香は小さく息を吐いた。
「うん。ちょっと近付き過ぎたな。すまなかった」
「カメラどころじゃないね、あの迫力」
「だな。だが、ライオンも面目躍如だったろう。だてに百獣の王と呼ばれてるわけじゃない、ってさ」
「うん、ちょっとライオンを見直したわ」
「そうか。今日は、これぐらいで終わりにするか?」

香は頷いた。明日はいよいよ、ツァボに向かうのだった。

たくさん話したいことがあるはずなのに、このサファリでは二人は言葉少なだった。お互いの距離のとり方がわからない。二人きりなのが気まずいというわけでもないが、獠が時折自分を見つめたかと思うと、ふいに視線を外すのが、香は少し気になった。だが、どうしたの? のその一言も言えないでいる。

夜、キャンプサイトで小さな焚き火を炊いた。

「あの、獠?」
「なんだ?」
「獠は、ずっと一人でこうやって国立公園を撮影してまわっていたの?」
「最初に来た年は、ミックも一緒だったこともある。その後、助手を連れてきたこともあるが、すぐに逃げ出したよ。だから基本は一人。けど、佐山さんとはマサイ・マラに何度か二人で行ったな。あの人は、すごいんだ」
「獠の先生、だもんね」
「そう思ってる。動物の撮り方は、全部佐山さんに習った」
「……あの、お父さんからも習った?」
「…………6歳で突然母を失って、それからオヤジとずっと一緒。カメラの基本は全部あの人から学んだ。だが、嫌でたまらなかったよ。オヤジも、カメラも」
「なぜって、聞いてもいい?」
「オヤジが、オフクロを殺した……ずっとそう思ってきた」

殺したーーー厳しい表現に、香は何も言えなくなる。
獠は静かに続けた。

「普通の日本人がさ、なんでわざわざ戦地に行くんだ? 俺が初めて内戦中のヨルダンに行ったのは、4歳の時だ。あとでパスポート見て自分で驚いたさ。オフクロは、自分を捨てたオヤジを追いかけたんだろう。それか、身勝手にオヤジが呼びつけたのかも。真相はわからないが、あんな戦争をやってる場所に行きさえしなければ、オフクロは死なずにすんだ」

突然母の姿がなくなり、交通事故で死んだと言われた。それ以上、なんの説明もしない父親を、6歳の獠は睨みつけることしかできなかったのだ。それから、獠の孤独が始まった。父親と会話らしい会話もなく、ただただ戦場を撮り続けたのだ。露出計や測距計といったカメラ本体とは関係ない機材の使い方にも、父親は厳しかった。とにかく、厳しかったのだ。
日本に帰りたい、十代の獠はそう何度も思ったが、それを言えば弱音を吐いたと思われそうで、それも我慢ならなかった。だから、ひたすら耐えたのだ。そんな日々の中で、心はどんどんと頑になり、父親はすでに父とも思えない遠い存在になっていったのだった。

香は教授の家でトメさんから聞いたこと思い出していた。ーーー仲の良い家族、そうトメは表現したのだ。そうして、獠は両親に深く愛されて誕生したと言っていた。

「燿子さん、って言うんだよね、獠のお母さんは」
「教授のところで、聞いたのか?」
「うん。とても綺麗な人だったって」
「俺には……あまり記憶がないんだよ。覚えてないんだ。ただ……」

獠はそこまで言って言葉を切った。ただ、大好きだった。その感情だけは、リアルに自分の中に残っている。
香は獠の左手をそっととって、両手で包み込んだ。

「一緒に探そう? 獠の記憶。お母さんの記憶。お父さんの記憶。教授さんが言っていたの。海原さんは、最後の時にきっと獠に言葉を残したはずだって。そういう人だったって、そうおっしゃってた。だから、その言葉に獠に辿り着いて欲しいって、教授さんが。……私も、手伝うから」

まん丸な目で見上げられて、獠は不意に香を抱き寄せたくなった。香の想いやりが、ダイレクトに自分に伝わってくる。
だが、ここでもぐっと獠は耐えたのだ。香が大切だ。もうそれは、嫌という程分かっている。だが、大切だからこそ、簡単に流されたくない、流されてはダメだ。

「香、ありがとう。一つずつ片付けていく。だが、俺にとっては、スタジオを守るのが一番大切なことだ」

香はその獠を表情を見て思うのだ。心を、鎧で固めているような人、と。
時折、無意識に抱き寄せられるのは、きっと言葉にできない何かを伝えようとしてくれているのだ。それは、もしかしたら恋だの愛だのといった男女のそれとはまったく関係のないことなのかもしれない。だけれど、香はまたしても思うのだ。獠を助けたい、パートナーとして、支えたいと。


***


翌日は予定通り、ツァボ・ウェスト国立公園に向かった。
アンボセリ国立公園とツァボを結ぶ道路は、酷く治安の悪い道として知られている。強盗団も出れば、ゾウの密猟を行なわれる場所でもあった。獠はここでエスコートを雇い、ツァボを目指した。
入園ゲートで、伊集院夫妻に自分たちが来たことと、キラグニロッジにまずは向かうことを伝言した。

園内に入るってすぐに香が気がついた。

「ここ、土の色が全然違う」

ひどく赤い土の世界が広がっているのだ。

「そう。ここは独特なんだ。ピンクエレファントに、会えるといいんだがな」
「ピンクエレファント?」
「ゾウってやつはさ、身体の表面に結構虫がつくんだ。だから泥浴びをする。それが皮膚の乾燥防止にもなる。ここの土はこんな赤色だろ? だからゾウがピンク色に見えるんで、そう言われている」
「アンボセリのゾウは黒かったけど、あれも土の色かな?」
「うん。だからゾウは地域地域で少しずつ色が違うんだ。だが、ここでの見物はピンクのゾウだけじゃない」
「なに?」
「会ってからのお楽しみだ。美樹ちゃんたちが、きっと会わせてくれるから」

そんな話をしながら、キラグニロッジに到着した。見れば、もはや見慣れた伊集院夫妻の白いランドクルーザーがすでに停まっている。

「ここに泊まるの?」と香は建物を見渡した。またしても豪華なロッジで、香は溜息をつく。豪華すぎるのに、慣れないのだ。

フロントに足を踏み入れると、ロビーにいかつい大男と美女が寛いでいる。

「冴羽さん、香さん、お待ちしていたわ。ようこそ、ツァボへ」

カーキ色の軍人のような服装の美樹が、二人に近寄った。膝下までの編み上げの黒いブーツ姿が、なかなか凛々しい。

「出迎えありがとう。今日は仕事はいいのか?」と獠は問いかけた。
「今のところ、ゾウの悲鳴は聞こえない。けれど、何かずっと胸騒ぎがするの」
「そっか。相変わらず治安も悪いようだな。今日もエスコートをゲートまで乗せてきた」
「日によっては警察もつくのよ」
「ここで海ちゃんと美樹ちゃんが張ってるのに、か」
「密猟者たちはだんだん知恵をつけてずる賢くて、そして残酷で……この話はあとで。さ、チェック・インを済ませちゃって。予約はしてあるから」

そう背中を押されて、獠はフロントに向かった。そこで獠はまたしても盛大な溜息をつくのだった。

「……美樹ちゃん、二部屋と言ったろう? なんで一部屋なんだよ」と獠は項垂れた。
格別の部屋をご用意しておりますと、フロントマンににんまり言われては、もう一部屋用意せよとは言えない雰囲気なのだ。
「私は二部屋取るつもりだったのよ。それをファルコンが」と隣の夫を見上げた。
「俺は無粋なことは嫌いだ。わざわざ二部屋とる必要もないだろう」
サングラスに隠された表情は伺い知ることができないが、いったい何を考えてるんだよ! と獠は詰め寄りたい気分だ。
そうやって睨みつけていると、美樹が獠の腕を引っ張った。
「特別なお部屋よ。きっと気に入るわ。それに、あまり拒否すると、香さんに失礼よ?」
「失礼って、俺たちはそういう関係じゃないんだ」
「冴羽さん? 私の目は節穴ではなくってよ?」とふふと笑って言う。

その妖艶な笑みに、獠はもうどうとでもなれという気分になっていた。
いい歳の男と女が四六時中行動をともにしていて、お互い憎からず思っていて……だから、難しく考える必要なんかひとつもないように獠は思い始めていた。
”香、俺、お前を愛しているよ。お前が好きだ”
(ちょっとそっけなさすぎるかもしれないが)そう言って抱き寄せてやればいいだろう。そうして口づけ一つ落として、あとはベッドに押し倒すだけだ。獠には簡単にイメージできる。
ハンマーの一つも出るかもしれないが、あんなものをかわすのは簡単だ。その後は? 
ーーー知るか。なるようになるだけだ。

「香、行くぞ」

急に何か怒りをぶつけるような言い方に、香は慌てて従った。
一つの部屋っていったって、獠は私には手を出したりしないんだから、別に平気なのに、と香は思っている。
ずんずんと歩いていく獠の背中を見ながら、香は獠の考えていることなど一つも想像できないのだった。与えられた鍵の番号の部屋を見つけて、獠は鍵をあけて勢いよくドアを開けた。

「へ? これはもしかして……」と獠は足を止めた。
「すごーい、素敵なお部屋ね!」

香は立ち止まった獠を追い抜いて部屋に駆け込んだ。窓の外に、サバンナが広がっている。ホテルの敷地内だろうか、池が作られており、なんとそこにシマウマがいるのだ。
香は振り返って、「これってあれよね、前にキタレでも見たみたいに餌付けしてるのよね?」
「そう、だな」と獠は足元に自分の荷物をポトリと落とした。
見るからに、長期滞在用のツーベッドルームのスイートだ。リビングを挟んで寝室が二つ。おそらくそれぞれにバス・トイレ完備だろう。

ーーーあんにゃろ! 
とサングラスの大男を思い出す。そうならそうと言えばいいだろう。一部屋しか押さえていないが、ベッドルームは二つある、そうちゃんと伝えてくれれば、いろいろ思い悩む必要もなかったのだ。あんな思わせぶりを言いやがって。なにが無粋なことは嫌いだ、だよ。
そして美樹のすました美しい顔も思い出す。なーにが、わたしの目は節穴じゃなくてよ、だ!
おちょくられている、そうとしか思えなかった。

香に口づけて、押し倒す想像までしてしまった自分が忌々しい。
とうの香は、がっかりしたふうでもなく、それどころか微塵も自分を疑っていないのだ。

そりゃそうだ、と獠は思う。
アシスタントにしてから、男呼ばわりしてきた。それに加え、不可抗力とはいえ、何度か抱き寄せたりもした(最近は衝動を抑えることが難しいと感じ始めているが)。だが、これだけ触れ合っていてもそれ以上の関係にならないのだから、香にはすっかり免疫ができてしまったということだろう。
だが、ちょっとホッとするのだ。これで、また日常が続く、と。
下半身に集まりかけた血流は、うまく逃がすことができた、はずだ。

「香、このロッジはすごく歴史があるんだ。こうやって水飲み場を建物脇に作った最初の場所が、確かここだ」
「ふぅん、それで今日は?」
「珍しい場所、案内してやろう」

獠は荷物を放り出して、これからの予定を考える。4泊程度とは思ってきたが、美樹と海坊主が案内してくれるというのでおまかせにするつもりでいたが、こういうおちょくられ方をするなら、ちょっと考えねばなと思うのだった。

ロビーに戻って再びその美樹とファルコンと合流した。

「いいお部屋だったでしょ?」と美樹が笑いかける。

獠はそれには答えずに、「ムジマスプリングスに行くよ」とぶっきらぼうに言うのだった。足も止めずに外に向かおうとする獠を、美樹は急いで追いかけた。

「泉は明日の朝に。今日はサタオに会ってあげて」

サタオ、という単語に獠は足をとめた。

「会えるのか?」
「もちろん。今日の居場所は分かってるの。冴羽さんたちが来る前に、ヘリを飛ばして確認したから」
「わざわざ俺たちのためにか?」
「そういうわけでもないの。定期的な確認よ。サタオは絶えず狙われているから」

美樹の瞳が憂いを含んだ。
香が横から「サタオって?」と問いかけた。

「推定50歳のゾウだ。タスカーとも呼ばれている」と獠が静かに答えた。

タスカーとは、英語で「牙を持つもの」という意味だ。これがケニアでは、牙が地面に届くほど長い巨象に対する愛称にもなっている。ケニアの代表的なビールの銘柄でもあった。
ゾウは長寿の生き物で、身体も大きくなり続けるし、牙も伸び続ける。雄も雌も外に反り返った牙を持つが、とりわけ雄の牙が立派だ。かつてはケニアにはこのような象がたくさんいたのだが、象牙目的の密猟でどんどん数を減らしていて、象の多いツァボでも数頭しかいなくなっている。サタオはその一頭で、どこか人なつこいところがあるせいか、人気のある象なのだった。

「俺のランクルで案内しよう」とファルコンが皆を先導した。

ツァボ・ウェストはその土が赤いだけでなく、清明な泉の沸く場所としても知られている。それが、獠が最初に行こうとした「ムジマスプリングス」だ。キリマンジャロの伏流水だとよく勘違いされているのだが、北東部のチュル・ヒルズの地下水がここに沸いているのだ。透明な泉なので、カバが泳ぐ姿の全身が観察できる。もちろん、野生動物たちの貴重な水飲み場ともなっている。
ファルコンのランドクルーザーはこのムジマスプリングスを右手に見ながら、そうして溶岩大地の奇岩を見ながらサバンナの広がる森林に近い場所に向かった。早朝、サタオがこのあたりにいることを、上空から確認したのだという。
だが、当然のことながら、ゾウは食事をしながら移動をしているので、同じ場所にいるとは限らない。

ファルコンは車を降りて、象の足跡の確認を始めた。

「時間から言って、森林の中に入ってるかもしれないな。だが、問題ない」と海坊主は再び車に乗り込んだ。
「海坊主さんて、象のスペシャリストなんですよね?」と香が後部座席から問いかけた。
「まぁ、そうだな」とファルコンはつまらなそうに答えた。助手席で美樹がぶっと吹き出した。
「香さん、あとで研究所の方を案内するわ。そうしたらおもしろいものが見られるから」
美樹が吹き出した理由と研究所の関係が謎だが、香はとりあえず訊ねた。
「研究所があるんですか?」
「KWSが長年、象の継続調査をやっているの。そのための場所ね。それと……孤児たちを育てているの」
「象の、孤児?」
「そう。子象は一人では生きていけないから、自立できるまでKWSが育てているのよ」

子象は牙を持たないから、密猟者の興味の対象外だ。だから、孤児として残される、そういうことなのだろうと香にも分かった。
そんな話をしているうちに、車が再び停まった。

「ここで、しばらく待とう」とファルコンが静かに言った。

やはり後部座席に乗っていた獠が、降りても構わないかと伺いを立てた。伊集院夫妻はこの公園ではレンジャーに準ずるから、指示に従わなければならないのだ。

「構わんぞ。獠も、感じるか?」

サタオの気配を感じるかと、ファルコンは問うているのだ。

「いんや。俺はお前とは違うから、カメラを構えてみないと分からん」

獠は飄々とそう答えたが、香には分かった。獠もその巨象の気配を感じ取っているのだと。なぜなら、いつもの撮影の時の際立ったオーラを、獠が発し始めているからだ。

「降りるのは構わん。ライオンに食われても知らんがな」とファルコンは薄く笑いながら、自身も車を降りた。美樹もそれに倣うので、香も大丈夫なのだろうと車を降りた。さっさと地面に降り立っていた獠は、前方の森林を睨みつけていたかと思うと、カメラを構えた。ピリピリとした空気が流れ始めていた。

少し離れたところで、香と美樹がその様子を見ている。

「冴羽さん、すごいわね」と美樹がポツリといって静かに続けた。
「私にはサタオがこちらに向かっているのが分かる。冴羽さんにも、分かっているみたい。それに……いつもこんな空気なの?」と香に顔を向けた。
「そう。獠が被写体に向かう時、その場の空気がこうやって凝縮される。一つも逃さずに写し取る、そういうことなんだと思う」

香が低くそう答えたとき、アカシアの茂みの影から、その巨体は優然と姿を現した。


ーーー続く

ブルーマウンテンに輝く星 44

北アフリカの小国、カルメリア共和国の大統領府では、サラム大統領が厳しい顔つきで、内務大臣を睨みつけていた。

「いったいどこから情報が漏れているんだ?」

大臣は淡々と「現在調査中です」と答えた。

大統領は内務大臣の澄ました顔を睨め付ける。
数年前、確かに自分は民間機の爆撃を命じたのだ。どうしても落とさなければならなかった。それがこの国に必要だった。そうするしかなかったのだと、サラムは思っている。なぜなら、あの飛行機を落とさなければ自分の身が危なかったからだ。この国には自分が必要だ。だから爆撃せよと命じた。
だが、ことが終わってから慌てた。想定よりも生存者が多い。なぜ全員死ななかったかと、歯嚙みしたほどだった。

「対応が生温いんだ。墜落の原因を追求できる証拠の処分は、確実に終わってるんだろうな?」

何年も前に命じたことを、なぜ今こんな風に言わねばならぬのだと、サラムは怒りが込み上げる。

「それは、大統領のお命じなった通りにやってるんじゃないですか?」

内務大臣のこの言い方も気に食わない。張り飛ばしたい所だが、内務省の力を借りなければこの自体を切り抜けられないのは明白なのだ。だから、サラムはぎゅっと拳を握って耐えた。

「生存者の監視は怠ってはいないだろうな?」
「それも、大統領命令なのですから」

淡々と答える内務大臣は、もうこの政権は潮時なのだと見切りをつけている。そもそも、政権発足時のエールカルメ機撃墜でケチがついたのだ。よくこんなにもったと、目の前の大統領を褒めてやりたいぐらいだった。
だが、この国の治安を司る内務省の権威も落ち始めており、政権から逃げ出すもの、あるいは半旗を翻そうとするものが虎視眈々とその機会を狙っているのだ。

だから、繰り返される市民デモに対して、大統領府は沈黙を守ったままだ。大統領自身、官邸から出ることがなく、中で何が起こっているのかが分からない。であるから、なおさらデモはヒートアップしていた。

そんなある日、精力的に取材を行なっていた仏国営テレビ「フランス ドゥ」は、墜落事故の生存者の一人のインタビューを取り付けた。
その内容がまた微妙なもので、世間を騒がせたのだ。曰く、あの飛行機はハイジャックされていたのだと。

「ハイジャック?」と記者はおどおどした若者に問いかけた。
「そう。銃を持った男が二人乗り込んでいたんだ。それで、機体ごとハイジャック」
「それで、何が起こったの?」
「CAの一人を拘束して、拳銃をつきつけたんだ。もう一人の男は、すぐに操縦室に行った」
「それで?」
「誰か別の乗客が、犯人の説得を始めたんだ。こんなことやめろって。俺は遠かったからよくわからなかったけど、拳銃向けられても構わず向かって行って、男と向き合ってた」
「その乗客は、どんな人?」
「わからないが、たぶん東洋人だ。そんな感じだった」
「その説得はうまくいかなかった?」
「わからない。だが、すぐに大きな衝撃が起こったんだ。左のエンジンが落っこちてくのが、俺にも見えた」
「それで墜落したの?」
「機体ががくんと揺れて、堕ちると思った。それでもう、あとは神に祈ってたんだ。なんとか助かりたいって」
「そして助かった。それで、救助された後は?」
「……ハイジャックのことはなかったみたいなことになってて、事故は機体の整備不良が原因だからって言われて……その……分かるだろ?」
「見舞金を積まれた?」
男は無言で俯いた。
「知っていることは、これから誰にも絶対に話すなと言われた。内務省の人にだよ? 怖くない?? 話したら消される、そんな雰囲気なんだ。せっかく事故を生き延びたのに、それは困る。だから誰にも言わなかった。飛行機事故はハイジャックのせいじゃないし、黙っていてもいいのかなって」
「それがなぜ取材に応じてくれるようになったのかな?」
「だって、言われてるみたいに政府軍が爆撃したのなら、酷いじゃないか。これを公表するのは国民の務めだよ」

こんな証言では、爆撃の証拠に一つもなっていないのが、「フランス ドゥ」としても苛々するところだった。
問題のエールカルメ社は、事故の報告は過去に行なった通りで、新事実はない。これ以上話すことはないと沈黙を保っている。

一証人とナショナルフラッグを背負う航空会社を秤にかけてもどうしようもないことだが、そもそも最初にこの問題の口火を切った議員は、どんな証拠を握っているのかと取材が過熱しかけたところで、とうの議員が記者会見を開くという。
その会見会場には、常にない数の報道陣が集まっていた。

「サラム大統領は、再三我々が要求しているにも関わらず、議会を開こうとしない。これをもって、職務怠慢で大統領罷免の理由に十分になるが、我々は、大統領を刑事訴追する準備も進めていることをここにお知らせする」

このような宣言で、記者会見は始まった。
実際に該当機を爆撃した本人の身柄を確保してあること、とある筋からブラックボックスを入手し、ボイスレコーダーとフライトレコーダーの解析から、これが墜落機のものであると断定できること、ボイスレコーダーに残された情報から、当初の発表とは違い、「政府軍に爆撃を受け墜落」とはっきり機長が認識していたことがわかること、また、この飛行機がハイジャックされていた状況にあったことも新たに判明したことーーー議員は淡々と説明した。

証拠についてはあたら開示できるものではないので公表はまだ差し控えるが、これらは真実であると口を噤んだ。

質問が乱れ飛んだが、ハイジャックと爆撃について、どんな関連があるのかという質問がもっとも関心を引いた。

「それこそ大統領自身が明らかにできることと思われる。ボイスレコーダーからの憶測の域を出ないが、大統領府は該当機がハイジャックされていたからこそ、爆撃したようだ。だが、そのハイジャックは乗客の一人によってすでに制圧されていたようでもある」
「そんなことが、なぜ分かるんです?」とすぐに質問が出た。
「機長自身の声が残っている。これを信じるかどうかは君たち次第だ。特別サービスだよ」
そう言って、胸元から小型のカセットテープレコーダーを取り出すと、その再生ボタンを押した。

”レコーダーにも残らないかもしれない真実をいつか伝えてくれ。当機はハイジャックにあい、そして日本人のフォトグラファーに救われた。だが、祖国の軍が当機を爆撃し、いまや風前の灯しだ 。いつか、どんな方法でもいい。世に伝えて欲しい”

くぐもった声は、それが無線マイクによるものだからだろう。
記者たちは、レコーダーがまるで世界の珍獣でもあるかのように、フラッシュを焚いて写真に収めた。

質問はこれ以上受け付けないと、会見は唐突に終了した。

それから、この短い録音内容の吟味がマスコミの間で勝手に始まったのだった。
まずは声が墜落機の機長のものに間違いないかの確認だが、これは当人が亡くなっておりかなり難しい。
次に内容についてだが、「日本人のフォトグラファー」という単語はすぐに一人の男を想起させた。該当するのはただ一人だ。海原神、その人なのかとマスコミは色めき立った。

そうすると、ポツリポツリと生存者が現れて、当時の声が拾われ始めている。
一番最初の頼りない証言の「たぶん東洋人だ」とも合致し、事故当時、機内で何が起こっていたのかが復元され始めていた。


***


「獠、どうだ?」と佐山は問いかけた。

記事を見せられ、佐山から解説を受けた獠は、難しい顔をしている。

「どうって?」
「オヤジさんの死に様について、何か思うところはないか?」
「佐山さん……正直言って、最近俺はオヤジのことがよくわからなくなってきたんだ。憎くてたまらなかった。だが、俺はオヤジと同じ道を歩いてる。そんな気がしてならない」
「……その通りだと思うぞ」
「そう、なんだろうか」
「俺は最初からお前の作品の中に、海原神の精神が見えていたよ。いい教えを受けてきたんだと、そう思ってきた」

獠は目を閉じて、顔を上に向けた。
ーーーあの、ライカM3を買ってくれたのは、オヤジか……。

「これなら小さいから獠にも持てるだろう?」
「まだカメラなんて早いですよ、そんな」
「獠なら大丈夫さ」

そんな会話を小さな子どもを前に交わす、若い幸せな夫婦の姿が、見えるようだ。実際そんなことがあったのだろう。よくは覚えていないが、初めてライカM3を手にしたのは、たぶん3つか4つの時だ。
ーーーそれなのに、なぜオヤジはオフクロを捨てたんだよ。

黙り込んだ獠を、佐山は見つめた。以前ほど、獠が父親を拒絶していないことになにかしらほっとしていた。

深夜のシンバのリビングで、二人は話をしているのだった。獠と香が北部から戻った日、賑やかな夕飯を終え、皆が部屋に引き上げたあと、佐山が珍しく獠を誘ったのだ。そうして、このひと月の間、獠の父親の名が再びマスコミの世界に戻ってきていることを告げたのだった。
海原神の再評価というか、改めて人物にスポットを当てるという動きも出てきており、このままでは獠の名前と結びつくのも時間の問題と思われた。それもあって、話しておいた方がいいだろうという判断も働いていた。

この日、香は夕食の席で面白おかしく遊牧民の様子をシンバの皆に話した。アフリカのプロといってもいい彼らもよく知らない世界で、興味津々といったていで香の話を聞いた。砂漠に現れたオリックスのことも、皆聞きたがった。

「それは秘密ですよ」

そう笑顔で言う香に、どうして? と岩本が問いかける。

「だって、あれは、先生……じゃなくて、獠の作品で発表すべきもので、私なんかがべらべらしゃべったらダメなんです。すごかったんですから。獠が、オリックスを呼び寄せたんです。あんなことできる人、他にいない」

頬を上気させるよう香は言う。では、発表されるのを楽しみに待とうと、岩本はニヤニヤしながら答えた。香の熱い思いに比べて、どこか冷めた獠が面白いと感じながら。

そんな時間を過ごした後の、賑やかな食卓とは真逆の静けさが、深夜のリビングに訪れていた。佐山と獠が話し込んでいるところに、香がふらふらとリビングに姿を現した。目が覚めてトイレに行ったら、リビングに人がいるようだからと少し寝ぼけた顔で言う。

「ごめんなさい。何か、お邪魔しちゃった」

そう言う香を、獠は手で招き寄せる。

「構わない。お前も、ここに座れ」
「いいの?」

香は佐山と獠を交互に見てそう言った。

「香、これから俺のスタジオ、マスコミが押し掛けるかもしれん」
「どうして?」
「たぶん、オヤジのことが明るみに出る。マスコミは俺も放っておかないだろう」

香はどう答えてよいか、分からない。

「佐山さん、俺は経歴を日本では伏せてる。伏せてるっていうか、もともと公表できる経歴なんてない俺なわけだが」

そう言って口を噤んだ獠を、佐山と香は見つめる。

「だが、マスコミにあれこれ好きに言われるのは嫌だ。だから、俺も受け入れようと思う。海原神が俺の父親だ」

リビングを沈黙を満たす。

「だが、俺はもしかしたらオヤジを全然知らないのかもしれないと、今初めて思った。10年以上、一緒にいたはずなのに」

なんとも言えない佐山と香だ。

「10年一緒にいたのに、何も知らないなんて酷いよな。俺はハイジャック犯を取り押さえるオヤジなんて、全然想像できないんだ。どんなことがあっても、冷静にカメラを構えていた。たとえ自分が死のうが、そんな犯罪者に干渉するオヤジじゃなかった。ただ、淡々と撮るんだ」
「だが、最後の時はそうじゃなかったんじゃないのか?」と佐山は穏やかに問う。
「よくわからない。だが、マスコミが押し掛けてきて勝手にあれこれ言われるのは、もっと嫌だ」

母の想い出まで汚されるーーー獠はそう思った。

「佐山さん、ありがとう」

そうして、香を向いた。

「お前にも、手伝ってもらわなければならないかもしれない。スタジオを守るためだ。協力してくれるか?」
「もちろんよ、でも、ごめん、黙ってて。私、教授さんから預かっているものがあるの」
「いつのまに……何を預かった?」
「この旅に出る前に、ご挨拶に行ったの。そうしたら、海原さんが亡くなられた後に世界中から届いた手紙を、預かって欲しいと言われて」
「香・・・」

そんな二人に佐山は言った。

「俺が心配せずとも、獠のまわりには必要なピースがすでに集まってるじゃないか。オヤジさんでなくていい。ただ海原神という人間を、フォトグラファーのお前が見ればいいんじゃないのか?」
「そうかもしれない」

なぜ父親を憎んできたのか、そんなことを根掘り葉掘り聞きたい佐山ではない。身内での感情のもつれは、他人には伺い知ることはできないし、安易に踏み込むべきでもないだろう。だが、どれだけでも大舞台に輝く可能性のあるフォトグラファーの冴羽獠が、影を背負ってほしくないと佐山は思っているのだ。

香も、気にかかっていた教授からの預かりもののことを獠に伝えられて、ほっとしている。そして、獠の父親がどんな人であろうと、やはり獠は獠でしかないと思うし、それでいいのだと思う。ましてや、獠の作品の価値が云々ということにもまったくならないだろう。だが、獠が何かを乗り越えたいと思っているのであれば、協力したいと強く思う香なのだった。


***


ナイロビでしばし休息をとり、獠はケニア南東部のアンボセリ国立公園と、ツアボ国立公園のサファリを考えている。この二つの公園は、アクセスもよく観光客の訪れも多い。前者は「アフリカの主峰」キリマンジャロを背景にした、いわゆるアフリカらしい風景で知られている。後者はツァボ・イーストとツァボ・ウェストの二つに分かれているのだが、その両方を合わせると、面積が2万平方キロメートルを超えるケニア最大の国立公園であり、文字通りの野生動物の宝庫として有名だ。ちなみに日本の四国の面積が1万8千キロ平方キロメートルより少し大きい程度なので、ツァボの広さが窺い知れるだろう。

実は、ツァボは例の「グレート・プラネット」という番組の企画でも、ロケに組み込まれていた。
この企画で、獠とミックに与えられたミッションが、実はすでに獠を虜にしていた。BBCと共同制作されるこの番組は。全5回で大自然の生命のドラマや絶滅の危機に瀕する動物、あるいは人類誕生の謎といったテーマに切り込んでいくドキュメンタリー番組だ。獠とミックはこのうちの「東アフリカ大地溝帯ー生命と人類誕生の神秘」という回に出演することになっている。イギリスチームと日本チームで大地溝帯内の映像作成が行なわれるのだ。日本チーム、すなわちオフィス・シンバが担当する部分は、ケニアで化石時代から生存する動植物を撮る。ただ撮るだけではなく、獠はプロカメラマンとしてカメラを抱えてそれらの動植物を撮影する旅をする、というものだった。ミックはミックで、化石人類に詳しいジャーナリストとして、発掘現場と発見されたものの意義を解説していく。二人のトークセッションももちろん用意されていて、それぞれ違った分野のプロの目から大地溝帯を議論するという流れだった。

獠に指定された撮影地が、ツァボ国立公園とケニア山なのだった。ツァボでは古代魚を狙う。といっても魚の撮影は難しいので、この古代魚を餌として好むハシビロコウを撮ろうということらしい。また、ケニア山には、森林限界を超えた世界に、高地の過酷な環境に適応した巨大植物が何種類も生育している。これらは古代植物の末裔で、この植物を利用する動物を撮ろうというのである。そこに”ハイラックス”の文字を見た時、獠は自分はなんてついてるんだと心が震えたのだ。つい先日、この話を香としたばかりだったのだから。自分の強運が恐ろしいほどだった。
ミックと旅するわけではないのが、少しだけ残念ではあったが、親友と同じ作品に参加できるのは嬉しいことだたった。

この企画書を見た獠は、ツァボはこのときに回すかと一瞬思ったのだが、テレビ局の紐付きのサファリでは自由度が低いだろうと当初の予定通り二つの公園のサファリを決行することとした。企画については、オファーを受ける旨、返答をするようかすみに連絡をすでにいれている。その際にスケジュールにはまだ余裕があることも確認済みで、アンボセリに2泊、ツァボに4泊程度で予定を組んだ。日本に帰れば、父親のことも含めて慌ただしい日々がまた始まることだろう。

ツァボに滞在してる伊集院夫妻にも電話で連絡をいれた。二人は相変わらずツァボを警戒しており、ここで密猟の取り締まりにあたっているのだ。

「美樹ちゃん、そんなわけで香とそっちに行くから、顔ぐらい見れたら嬉しいと思ってさ」
「顔ぐらいなんて言わないで、サファリドライブ、案内するわ。ツァボは私の庭のようなものだから」

四国ほどの面積を庭と言う美樹は、なかなか豪快だ。

「助かるよ、俺もしばらくツァボは行ってないんで、いろいろ忘れてるかもしれないから」
「冴羽さんは、サタオには会ったことがあるのかしら?」
「サタオって、あのでっかいゾウか?」

ツァボでもっとも愛されているゾウで、名前がつけられているのだ。地面につくほどの牙を持った、巨象だ。

「そう。ツァボでもひと際大きなゾウ」
「撮ったことはもちろんあるが、まだ生きてるのか?」
「元気よ、推定50歳」
「そうか、ぜひ会いたいな」
「でしょ? だからガイドするわ」
「楽しみだ。今、イーストとウェスト、どっちに?」
「ウェストにいるけど……どの方向から冴羽さんたちはくるのかしら」
「アンボセリだ」
「まぁ、香さんと仲が良いのね」
「……なんでそうなるかな。香の勉強にもなると思うから」
「まぁまぁ。ではウェストで都合がいいわね。キラグニロッジを予約しておくわ。私、顔が効くから」

美樹があげたのは、ケニアでも老舗ロッジとして知られる名門だ。

「キラグニか……あ、えっと美樹ちゃん、部屋は二つとってくれよ?」

かすみのようなことはないと思うが、何やら画策されて一部屋に香と押し込められたら、今度こそ理性がもつ自信がない獠だった。

「え? なに? 聞こえないわ。混線かしらね……」
「美樹ちゃん、冗談はよしてくれ」

美樹は軽やかに笑って、続けた。

「ね、冴羽さん? いいこと教えてあげる。香さん、あなたに惚れているわ」
「・・・・・・」
「あなたならもう気がついてるわね、そんなこと。幸せになれると思うわ、あなたたち」

幸せ、なんだそれ? と獠は一瞬思った。そんなものを望んで生きたことがないのだ。
黙り込んだ獠を気にするふうでなく、美樹は静かに言った。

「タバサム ヤコ ヤフラヒシャ モヨ ワング」
「……急にどうした?」
「今年のカンガの流行の言葉よ」

民族布のカンガには、毎年いろいろな格言が添えられている。今年はTabasamu yako yafurahisha moyo wangu.と書かれたものが人気なのだという。意味は、”あなたの笑顔は私を幸せにしてくれる”だ。

獠は咄嗟に香の笑顔を思い出す。暖かなものが心に流れ込み、そしてその笑顔を曇らせたくないと強く思う。
なによりもその笑顔を守りたい。それが、自分の幸せと思って、いいのか?

「……美樹ちゃん、ありがとう」

そう言って獠は電話を切った。小さく溜息をついて振り向くと、そこに香がいる。後ろ手に両手を汲んで、少し小首をかしげるようにして、まん丸な目が自分を見つめていた。一瞬動揺を覚える。つい先ほど想像した香の笑顔が、そこにあったから。

「びっくりするじゃないか」
「電話、美樹さん?」
「ん、ツァボに行くことを伝えておいた」
「会えるの?」
「もちろんだ。ガイドしてくれるそうだよ」
「楽しみ! ね、でも美樹さんにまた飛びつこうとしたら、今度こそハンマーだからね」

満面の笑顔でそういう香に、「そんなこと、もうしねーよ」と聞こえるか聞こえないかの声で答える獠なのだった。


ーーー続く

ブルーマウンテンに輝く星 43

香の悲鳴に獠は振り返った。

「どうした香!」

獠は慌てて懐中電灯を奪ってテントの中に光を向けた。その光の先には、なんと小さなハリネズミがちょこんと座っているのだった。

「ただのハリネズミだよ」
「な、なんで、あたしのテントにハリネズミがいるのよ!」
「偶然入り込んだんだろう。なんも悪さしないから、一緒に寝たらいいさ」と獠は笑った。
「一緒になんて寝られる分けないじゃない、こんなトゲトゲ……」

眉をハの字下げた香りを見て、香は独特だなぁと思う獠だった。普通、そういう反応じゃないだろう。

「獠、どこかにやってあげてよ」
「んなことぐらい、自分でやれよ。棒かなんかでひょいっとやれば、逃げてくから」
「いやよ。飛びかかってきたら、どうするのよ」

遊牧社会に素直に溶け込んだ剛胆さがあるのに、掌に乗るハリネズミが恐いというのかーーー
長老の一人が杖を持ってのんびりと近付いてくる。インテリと言ってはへんなのだが、若い時に少しだけ街場で働いたことがあるそうで、スワヒリ語ができる長老だ。だから、獠ともよく話をしてきた人物だった。

「何かあったかね?」とのんびり問われたので、獠が「テントの中にハリネズミが」と懐中電灯の光をその小さな動物に向けた。こんなに注目されているのに、逃げる気は皆無らしい。

「おお! これは素晴らしい。これは幸運のシンボルじゃよ」
「幸運?」
「これが現れる家は、将来、富に恵まれると言われている」

よかったのぉ、と長老はのんびりと立ち去っていった。

「だってさ、香。よかったな」
「でも、これ、テントよ……」

香が頬を膨らませているのが可愛い。そう思うと、最近、コイツを可愛いと思うことが増え過ぎてないかと、焦りを感じるのだ。かつてのように男の子扱いしようにも、もう立派な女性にしか見えないし、困ったなと獠は思う。どこで自身の心を安定させればいいのか、もう分からないのだ。
撮影に集中すれば、いろんなものを振り払えると思って北ケニアまでやってきたというのに、かえって香のことばかり考えるようになってしまった自分にも苦笑するしかないのだった。

ハリネズミが動く気配がないので、獠がタオルを使って引っ張り出した。地面の上に出てきても、動く気配がない。

「夜行性のはずなんだがな」

二人でしばらく見ていたが、どうしようもないのでこのまま寝ようということになった。朝起きると、その姿は消えている。他の小屋で姿を現したとも聞かないし、こんな砂漠みたいな場所でいったいどうやって暮らしているのかまったく不思議だ。だが、こつ然と姿を消してしまったようにも思われて、やはり香にメッセージを伝えるためにだけ現れた妖精のようなものだったのかもと、獠はバカな想像をしたりした。

ラクダが放牧地へ戻る日、獠と香もこの村を出ることにした。実は、ニベアの礼だと言って、香には戦士たちから見事なビーズのバングルが贈られていた。皆で少しずつビーズを出し合い、作るのが得意な女の子に超特急で用意させたのだと言われて、香は少し涙ぐんだ。オレンジと黒と白で作られたそれは、今年の彼らの流行色なのだという。かずえが身につけていたものとも、少し似ていた。香はそれを左手にはめて、戦士たちに深く頭をさげたのだった。

ラクダを見送り、長老たちに挨拶をして、ランドクルーザーはライサミスを目指した。途中、最初の村に寄り、やはり長老に挨拶をして、無事撮影ができたことを報告した。結局、この長老の所で飲んだ最初のチャイが、香には強烈に記憶に残っていて、一番美味しかったと思っている。

3人がイシオロの街に帰り着いたのは、昼過ぎのことだ。ここでヘンリーとはお別れとなる。

「弟さんに、ナイロビで”オフィス・シンバ”という所に連絡するよう、伝えて欲しい。日本の会社で、俺も懇意にしている。ガイド料は、そこで管理してもらって学費にするといい。一度に渡しても、何かと大変だろうから。それとは別に、キミにも謝礼を」

そう言って、獠は封筒を差し出した。

「いえ、それはいけません。それに、私はあまり役に立たなかったように思うのですが」
「いや、そんなことはない。日本人の俺らが、あの世界を単独で行こうと思ったら何倍も時間がかかるし、到底無理だっただろう。それ以上に、貴重な体験をさせてもらったと思っている。機会があったら、また来てみたいと思っているから、その時はまたキミにガイドを頼んでいいだろうか?」
「もちろんです」

年が近い二人は、この街で固く握手を交わしたのだった。


***


「香、ナイロビに戻る前に、ちょっと砂埃を落としていこうか」
「車、砂まるけだもんね……」
「それもそうだが、俺らもけっこう砂まみれだ。俺の予想だが、このままシンバに帰ると、メアリーに怒られるぞ」

獠のこの言葉に、香はクスリと笑った。メアリーはシンバの掃除と洗濯を担うメイドだ。洗濯に命をかけているから、こんな砂埃に塗れた衣類を見たらやる気を出すかもしれないが、だが、すぐに怒り出すだろう。どうしたらこんなに汚せるの! と呆れる顔が目に浮かぶ。都会育ちのメアリーには、砂漠の遊牧民など想像の埒外なのだ。それに、荷物と一緒に家の中に確実に砂埃を持ち込むことになって、それはそれで申し訳ないと思うのだった。

「この前のところに泊まる?」
「いや、もうちょっといい所を探そう」

そう言って獠はランクルを動かして、イシオロからナイロビへ向かう道のポリスチェックゲートで車を停め、係官にここから南で一番近い最高級ホテルはどこにあるかと問いかけた。しばし考えて他の人間にも声をかけて、係官は「一番近いというなら、おそらくメルーだろう。白人がよく使ってるところがある」と教えてくれた。

「メルーで一泊して、埃を落としていこう」

香は地図を見ながら、「幹線道路から外れるけど?」と言う。

「構わない。確かケニア山の北東の街だろう? 観光客向けのロッジが、たぶんあるから」

イシオロから1時間ほど走って、ケニア山を見上げるような街、メルーに辿りついた。農耕圏のようで、緑が多い。
一番最初に見つけたガソリンスタンドで、チップを弾んでざっと洗車をさせた。どうせまだナイロビまでダート道路を走るわけだが、このメルーの街は舗装道路が行き渡っている。街が潤っているのが、店の佇まいなどからも分かるのだった。ホテルは町外れのミニマニ・ロッジを選んだ。

外国人宿泊客が多いようで、パスポートの提示を求められたが、これは今回はシンバに預けてある。変わりにこの国のレジデントである証明カードと、撮影許可証をみせた。
フロントマンは興味を持ったようで、獠に問いかけた。

「フォトグラファーなのですか?」
「これでもな」
「ケニア山を?」
「いや、今回は撮影の帰りだ。北の砂漠に行ってきたところだ」
「なるほど、それで……」と獠と香それぞれに目をやった。身綺麗とは若干言い難い様子が気になっていたのだろう。
砂っぽいのは実は北にいるとまるで気にならないのだが、ひとたびそこから離脱すると、自分たちの惨状に気がつくから不思議だ。

実はこのメルーが、一般的には外国人観光客がツアーなどで訪れることができる、東ケニアの北限なのだった。政府の観光ガイドブックを開いても、このエリアにある国立公園が「秘境ケニア」と表現されているほどだ。では秘境の先にある東ケニアと北東ケニアはいったいなんなのだ? という話になるのだが、観光客が足を踏み入れる世界ではないと暗に牽制しているのかもしれない。
メルーで働くこのホテルスタッフも、おそらく一度も足を踏み入れたことはないだろう。
砂埃を建物に持ち込むのをあれこれ言われるかと思ったが、さすがにそれはなく、シングルの部屋二つの鍵を渡された。

部屋に足を踏み入れた瞬間に、いきなり現代に戻ってきた気がした香だった。全体的に調度が普通の現代社会というだけで、北ケニアをもう抜けてきたのだとしみじみと思う。

砂漠の旅は、文字通り砂まるけになるものだ。衣服の繊維に入り込む砂は、簡単なことでは落ちない。だから、北で使い回した衣服は全部ここで処分だ。砂避けに使った民族布のカンガなど、愛着はあるがどうしようもない。代わりに戦士たちからもたらったビーズのバングルがあるから、これが思い出だ。それに、たくさん撮った写真も残るのだから。

ザックもかなり砂だらけになっているので、香は中の荷物を全部出して、ベランダに出てそれをはたいた。見れば、隣の部屋の獠も同じことをやっているので、顔を見合わせて笑った。

「ゆっくり風呂でも入って、それから少し散歩でもするか?」

このロッジには、ありがたいことにちゃんとバスタブが各部屋にある。何日ぶりのちゃんとしたお風呂になるだろうかと香は呆れる思いだ。連日、水浴びや身体を拭く程度で凌いできたのだから。タフになったなぁと自分でも香は思う。それでも、やっぱり湯船にはつかりたい。

「散歩もいいけど、ここからずっとケニア山を見てるのでもいい」
「気に入ったのか?」
「すごく複雑な形の山なのね。見飽きない」
「そうか。ここの屋外レストランからの眺望がいいようだから、そこで眺めよう。2時間後で、OK?」
「うん。じゃ、あとでね」

そう言って部屋に消えていった香を見送り、獠もまた部屋に入った。
獠は約束より少し早い時間に、レストランに向かって一番眺めの良さそうな席に陣取った。夕暮れが迫った空を背景に、ケニア山を眺める。ウェイターがオーダーを取りにきたので、冷たいタスカビールを頼んだ。そのタスカが運ばれてくる頃には、香が姿を現した。すっかり着替えて、真っ白なTシャツに細身のイエローのパンツを履いている。香はテーブルにタスカを置いていくウェイターに、もう一本と頼んで、イスに腰をおろした。

「そんな服の用意も持ってきてたんか」と獠は笑った。どう見ても、北ケニア向きの格好ではない。
「厳重に密封して、砂に塗れないようにしてたの」
「なるほど。考えたな」
「2回目だからね。それに、この国は宿泊場所のレベルの差が激しいでしょう? 200シリングで泊まれる宿から、1万シリング超える所もザラで、獠がどういうところを選ぶか分からないから、せめて清潔なのは一着確保しておこうと思って」
「いい心がけだよ」

獠は獠で、こざっぱりとした半袖のサファリシャツに着替えている。このまま、ライフルでも肩に担げば、国立公園レンジャーに見えなくはないという程度に、様になっている。
目の前に座った香を、しげしげと眺めた。

「さすがに日焼けしちまったなぁ」
「さすがに、ね。日焼け止めは頑張ったんだけど、仕方ないかな」

1ヶ月強、砂漠にいたことを思えば、それでもまだだいぶマシなほうだろうと思う。

「美白用品がたくさん買えるように、特別手当つけとくよ」と獠は笑った。
「獠がそんなふうに私を女扱いするの、慣れないから……」

そう言って、そっぽをむいた香の視線はケニア山に向かっていた。

「すごい山ね。登山、できるのかな」
「もちろんだ。確か、森林限界以上の標高3000メートルくらい上からが国立公園で世界遺産になってたはずだ。多少訓練すれば、ピーク近くまではいけるようだ。だが、本当のピークまでは特別な技術が必要なんじゃなかったかな」
「獠は登ったことはないのね」
「あぁ、いずれはと思うが、少し高地トレーニングしないとまずいだろうと思ってさ。ハイラックスっていう、珍しい生き物がいる。それを、いつか撮りたいんだ」

香は獠を向き直った。

「どんな生き物なの?」
「見た目はねずみっぽくて、ウサギぐらいのサイズだ。だが、なんとゾウの仲間なんだ」
「そういうの、本当によくわからない。ちゃんと勉強した方がいいのかな、私も」
「いや。都度覚えてけばいい。俺だってわざわざ勉強したわけじゃなくて、自然に覚えていっただけだから」
「同じようにやっていって、獠のようになれるわけじゃ、ないわ」
「……香は、香のスタイルでいいよ」

そう言って獠はタスカをぐいっと飲んだ。久しぶりの冷たいビールが染み渡る。香もグラスに注いだそれを、美味しそうに飲んだ。
その様子を見ながら、獠はまたあれこれ考えるのだ。

 コイツを本当にどうしてやったらいいんだ? 
 このままずっと自分につきあわせるのか?

 お前が決められないのなら、本人に聞いてやれよ。

そう、その通りなのだ。香には選ぶ権利がある。STUDIO SAEBAのスタッフはみんなそうだ。仕事だからと言って、何事かを獠は強制はしない。来るもの拒まず去る者追わずでやってきて、上手く行っているのだ。獠は会社を大きくしたいわけではなく、フォトグラファーが巣立つための場所を作っているだけのつもりだ。だから、香もそこから巣立ちたいと思えば、それは彼女の自由なのだ。

それを分かっていて、獠は香に聞けないでいる。1年前、なんとか「この先は自分で考えろ」と申し渡した。それで香は今の状況を選んだわけだが、1年後の今も同じと思い込んでいいのか? 

一歩も前に進めず、後退もできない自分にも嫌気がさす獠だった。

 一人で無理ならば、二人でもう一歩を踏み出す、そういう方向だってあるんじゃないのか?
 だが、香はそれを望むのか?

それさえ問えない獠だった。香に拒否されたら、今の心地よい関係が終わってしまう。それが怖いのだ。
こうやって、相変わらず堂々巡りが続いている。

考えを放棄して香に向き直った。

「明日、ナイロビに帰るのでいいか?」
「もちろんよ」
「ここには、メルー国立公園ってのもあるんだぜ? 岩場が多いので有名な場所で、珍しく岩登りするライオンなんかが見られる」

獠の言葉に香は首を横に振った。

「一度、ナイロビに戻ろ? もしもまだサファリをするなら、行きたい所があるの」
「どこだ?」
「ツァボ」

この旅に出る前に、美樹と香はシンバで夜遅くまでおしゃべりを楽しんでいた。たぶん、美樹からツァボ国立公園の話を聞いたのだろう。

「あそこは行っておくべき場所だから、予定していた。アンボセリとセットで何泊か考えてたから」
「ほんと? 嬉しい」
「その前に日本で急な仕事が入ってないといいんだがな」
「そのときはそんときよ。また来たらいいから」
「……また、来たいと思ってくれるのか?」

獠の声がなぜか沈んでいる。だから明るく香は言った。

「当たり前じゃない。北ケニアも楽しかったし、遊牧民さんたちともお友達になれたし」

この返事に、心からほっとする獠だった。やはり自分はそれを望んでいるのだと、再確認する作業にすぎないのだが。

自分は、たぶんこの国を撮り続けるだろう。かつてはウガンダやタンザニアも行ってみたが、結局ケニアに戻ってきた自分なのだ。そうして今回の北の遊牧民世界は、また自分を魅了した。
チャルビ砂漠は、世界の終わりであってそうでなかったと、マリィーの父親に伝えよう。自分の作品がそれを証明した。現像して確認せずとも、もう十分に手応えがあった。タイトルも決めてあるーーー『終焉の希望』と。

レンディーレの長老は獠に言ったのだ。

”どんなに現実が過酷であろうとも、ラクダがいる限り生きていくことができる。その環境を明示してくれるのが、砂漠のオリックスだ。オリックスが生きられるのであれば、ラクダは生きられる。ラクダが生きられるのであればわしらも生きられる”

前年、彼らの地を大旱魃が襲っていた。多くの人と家畜が倒れたのだ。そんな状況でも、今を生きるしかない。
厳しい現実にあって、野生のオリックスが砂漠に姿を現すーーーこれは、死に絶えるだけが未来ではないというメッセージなのだろう。それを彼らは経験的に知っているから、砂漠のオリックスを「吉祥の前触れ」と呼ぶのだ。それこそが、彼らの知恵の集積だ。

そんなことを教えてくれた世界ーーー自分はまたいつか、あの北ケニアを走るだろう。そこに香もいてくれたら、こんなに嬉しいことはない。

「香、ありがとう」

そう、そっぽを向いて言うと、香はぷっと吹き出した。

「今日の獠、へんよ?」

ケラケラと笑う香に、またしても悩みが増える獠なのだ。
ーーーこのままでは、本当に自分は香を手放せなくなってしまう。いったいどうしたらいいんだ。


***


翌日はゆっくりと起きて、ナイロビを目指した。この日も朝はケニア山が見えていたが、徐々に山頂付近が白いモヤの中に隠れ、しだいにその姿を隠した。赤道の街、ニャニュキでは相変わらず「コリオリ博士」が、サイケな格好で客引きをやっているのを見ながら通り過ぎ、夕方にはナイロビのオフィス・シンバに帰り着いた。

「よく無事で戻ったな」と獠と握手を交わした岩本だった。
「おかげさまで。いい仕事ができた」
「そうか。ぜひ話を聞かせてくれ。香さんもお疲れさまだったね」と岩本は和やかに言う。

香が一回り逞しくなったようだと、岩本はケラケラと笑った。その雰囲気ならば、立派にケニアで一人でやっていけるだろうと言うので、そんなに黒くなりました? と香は膨れた。

「そうじゃない。そうじゃなくてさ。人としてのオーラが、アフリカンになってるんだ。この国の空気を吸い、この国の水を飲み、この国を歩いた人間にしか出せないオーラだ。な、冴羽ちゃん?」
「まぁ、そうかな。よく頑張ったよ。ま、もともとオトコのお前なら、これぐらいは……」と行った所で、久々のハンマーが飛び出した。獠はそれを見て慌てて逃げ出した。
「やっぱり香はオトコだぁ! この暴力性!」
「なんてこと言うのよ! あたしはれっきとした女だ!」
そう言って獠を追いかける香を、岩本はうんうんとにこやかに見ている。なんだかんだ言って、仲が良い二人なのだ。
逃げる獠は思っている。
ーーーハンマーを使うお前も、俺は全然嫌いじゃない。いつもそんな元気な香でいてくれ、と。

「帰って早々、賑やかですね」と佐山が岩本の隣に立った。
「あの二人は、ああやってジャレてるんだろう。そうすることで、真面目に向き合うことを避けているようにも、見えるよ」
「そうなのかもしれない。岩本さん、あれ、獠に話しますよ。やはり放ってはおけない」
「そのほうがいいかもな。佐山ちゃんの言葉なら、冴羽ちゃんも素直に聞けるだろう」

佐山がここ数日気にしていたニュースが、大きな展開をみせていた。いずれ獠も自然と耳にすることになるかもしれない。だが、自分には関係ないと無視することがないように、佐山は獠にちゃんと事実と向き合うよう言おうと思っている。おせっかいをやく気はさらさらないが、なにかから目を背けるようにしながら、それでもファインダーを覗き続ける人生を、獠には送ってほしくないと思っているのだ。どこかで、弟のようにも思う存在だ。それ以上に、溢れる才能を感じさせる冴羽獠というフォトグラファーの、ファンでもあるのだ。だから、もっともっと自由に撮って欲しい。そのためには、過去の楔から解き放たれる必要があるだろうと佐山は感じている。そういう岐路に、今、獠は立っているのだと。

香のハンマーをかわしきった獠は、息を乱すことなく岩本と佐山の前に立った。

「北ケニア、面白い場所だ。ぜひ空撮を勧めるよ。すごい絵が撮れる」

乾いた赤茶けた大地、黒い斑紋が広がる風化溶岩の原、ソーダ塩の乾いた砂漠、翡翠色の湖ーーーー
そこに生きるのは、乾燥に適応した動物と人だ。
ヘリで舐めるように撮っていけば、この地球の不思議が少しは分かるだろう。
人は美しい風景を求めがちだ。息を飲むような絶景は、確かに心を揺さぶるだろう。だが、口当たりの良いものだけで人は満たされるのか? 激しい乾燥、生き物の存在を拒むような熱の篭る世界、そんなものを目の当たりにしたとき、人は何を思うのか。命の奇跡は、煌めく美しさだけでなく、激しく脈打ち時に血を流すものであると実感できるのではないか。

自信をみなぎらせて自分たちを見つめる獠を、また一回り大きくなったと思う岩本だった。

「だったら、冴羽ちゃんも一緒に参加して欲しいな。佐山ちゃんとの合作でさ」
「そんなことがいつかできるなら、俺もぜひ参加したい」
「いや、それができるんだな」と岩本はニヤリと笑った。
「どういうことだ?」
「東京から君宛に企画書が届いてる。天下の公営放送様とBBCの合作で、予算も桁違いに潤沢だ。中で説明しよう」

岩本の言葉に、獠は目をパチパチと瞬いた。佐山もそんな獠に頷きかけたのだった。



ーーー続く

ブルーマウンテンに輝く星 42

Jeda Sea 、あるいは翡翠海ーーー

トルゥカナ湖の別名だ。美しい翡翠色の湖面の湖だから、そう呼ばれている。湖であるのに海と呼ばれているのも不思議だが、この湖を最初に発見した人物が、そのあまりの広さに海と思い込んだのかもしれない。何しろこの大きな湖が「発見」されたのは19世紀の末頃のことなのだ。オーストリア=ハンガリー帝国の探検家が、この地を訪れて、当時の皇帝の名前をとってそもそもは「ルドルフ湖」と名付けられた。後の時代、ドイツ語の名前もなんだかおかしいだろうということで、トゥルカナ族の名にちなんで「トゥルカナ湖」と改名されたのだった。
グレートリフトバレー(大地溝帯)の中にある湖で最北に位置し、面積はおよそ琵琶湖の10倍程度である。ここには、ナイルワニが多く棲息し、カバも暮らす。ナイルパーチやブルーギルと言った魚も多く棲息している。砂漠の中の貴重な水源であるので、アフリカ大陸を南北に飛ぶ渡り鳥の重要な中継地でもあった。

香と運転を代わり、獠は頭痛を抱えながらさすがにこれはまずいと思い始めていた。アスピリンをザックから取り出したいが、それも億劫になっている。徹夜明けのせいもあるのだろう、薬を飲んで1時間も眠れば大丈夫と自分に言い聞かせるが、痛み方が酷い。あとどれくらいで街に着くのかと、続く坂道を見つめる。チャルビ砂漠からどんどんと登ってきているのだ。だが、湖に続くのだから、いずれ下り坂になるだろう。

ーーーあのカーブを曲がれば、きっとトゥルカナ湖が見える。

獠は唐突にそう思った。緩い上りのカーブに、香がハンドルを切る。そうして香は、「あっ」と声を上げた。カーブがちょうど登りのピークだったようで、急に視界が開けた。

「綺麗ね、獠!」

香の明るい声が軽やかに車内に響いた。眼前には、見事な翡翠の湖の一部が姿を現しているのだ。
リフトバレーに存在する湖は、茶色く濁っていたり青くても鈍色であることが多い。だが、この湖は翡翠色だ。太陽の光をあびて、その水面が煌めいていた。
香のテンションがあがったようだ。久しぶりの「水の風景」は、そういう効果もあるのか。

「あたしね、さっきわかった。あのカーブを曲がれば、きっとトゥルカナ湖が見える、って」
「え?」

獠は思わず問い返していた。
ーーー自分と同じことを考えたのか、香は。
同じ場所で、同じ空気を吸っている。大地の鼓動が伝わってきそうなケニアの大自然が、そのリズムで自分たちを包み込んでいるーーーそんなことを考えた。そして二人の波長が同調しているのだと、獠は思うのだ。
ーーー香はそんなことに、気がついているだろうか?

「頭痛、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」

本当は相変わらず目の奥が痛むが、トゥルカナ湖の光景で、いくぶんか和らいだ気がする。車はどんどんと坂道を下って行き、昼前にはロイヤンガラニの街に到着した。ひどく殺風景な街で、宿泊できる宿はただの一軒なので選びようがない。だが、治安は悪くないのだろう。のんびりとした空気が流れている。
とっとと3部屋を確保して、獠は自分の部屋でベッドにごろりと横になった。ひどく固いベッドだが、文句は言えない。

薬を飲もう、そう思うのに身体が動かない。思った以上に、自分は疲れているのかと、右腕を額にのっけるようにして目を閉じた。

「獠?」

ドアの外で香の声がする。今日は各自自由と言い渡して、調子が悪いことは知られぬように振る舞った獠だったから、身体を起こして、「開いてるぞ」とドアに向かって言った。
やがて、ドアが開いて香が顔を覗かせる。

「大丈夫? 頭、痛いんでしょう?」
「大丈夫だ」
「嘘ばっかり。獠が調子悪いときぐらい、分かるんだから」と部屋の中に足を踏み入れた。手にミネラルウォーターのペットボトルを持っている。
獠はそれには返事をせずに苦笑した。香に見透かされるようじゃ、終わりだなと思いながら。
「お薬、持って来たの」
そう言って、バファリンを二錠を差し出して、ペットボトルを開けた。
「すまんな」
「半分は優しさでできてるのよ?」
「何が?」
「バファリンのセールスポイント」

今は私の優しさが入っているーーーそう思いながら、香はにこりと笑う。
へんなやつ、と獠は香を見上げた。

「熱も計って」と体温計を渡された。
「大丈夫だ。ただの頭痛だから」
「ダメよ。軽くみたりしたら。ベッド、固いでしょう? シュラフ出してあげる。ザック、勝手に開けるよ?」

そう言いながら、獠のザックからシュラフを出してベッドに敷いた。

「なにもないよりマシだから。熱は?」

ピピッいう電子音が鳴るのが早い。見なくても、熱はないのは分かったから、そのまま香に手渡した。

「36度7分、いつもこんなの?」

獠は頷いた。平熱は少し高めなのだ。

「ちゃんと横になって? 昨日、もしかしたら寝てないんでしょう?」
「それもバレてんのか……」と獠は苦笑した。お前が可愛過ぎて、とても眠れなかったんだとは死んでも言えないと思う獠だった。そんなことは我関せずと香は続ける。
「どんだけ一緒にいると思ってるのよ。全部バレてる。ちょっと横になって」
「そうさせてもらうよ」と獠はごろりと横になった。
「あとでまた様子を見に来るから、よく休んで」

香はそう言って部屋を出て言った。
獠はゆっくりと目を閉じる。1日の徹夜くらいで、こんな状態になるなど珍しいが、今は眠りが欲しいーーー

***

ひどく喉が渇くーーーそう思いながら、深い海の底から浮上するように意識が戻ってきた。ゆっくりと目をあけると、香の薄茶の瞳が自分を心配そうに見つめている。

「起こしちゃった?」
「いや……今、何時?」
「4時」
「え? そんなに寝てたのか、俺」
「調子、どう? まだ痛む?」

香が心配そうにまん丸な目で見つめているから、獠はえいと体を起こした。頭痛は過ぎ去っている。大丈夫だと、思った。

「もう大丈夫だ。心配かけたな」

香はそれに対しては曖昧に微笑んだ。

「それで、香はなにか収穫があったか? この街で」
「なんにもないけど、でも湖がとても綺麗。夕陽、撮ろうと思って」
「そっか」
「ヘンリーがいろいろ聞いてくれたのだけど、朝はエルモロという人たちがナイルパーチの漁に出るんですって。それもできたら撮りたい」
「うん、いいんじゃないか。俺もつきあおう」

翌日、早朝のトゥルカナ湖を撮影し、そのまま湖岸を散策した。これまで訪れた湖の中では、もっとも砂漠らしい風景にある巨大な湖。水があるというのに、乾燥が激しいのか生き物の気配が乏しい。アカシアの木もちらほらあるが、葉がほとんどなく、これで枯れないのが不思議といった情景だった。

水辺なのに虫もいないのかな? と香は面白半分にサッカーボール大の石をひっくり返した。そうすると、ひぁっと声をあげて後ずさった。

「香、どうした?」
「サソリが……」

獠が慌てて近寄ると、香がひっくり返した石の下に、サソリの巣があったようで、まだ小さな半透明のさそりが何匹かいる。おそらく幼虫だろう。小さいながらに尾を振り上げて威嚇しているようだ。

「石の下には少し水分があるんだろう。ちびサソリを驚かせちまったな」と獠は石を元に戻した。

こんな場所なので、いくら暑かろうとサンダルで歩いたりしては、絶対にダメな世界だ。もっとも、この辺りのサソリは毒性は低いのではあるが。
ナイルワニの一大生息地ということで、甲羅干し中の彼らも撮影したが、なんとなく迫力にかける。ワニらしい獰猛さを撮ってみたい気もするが、獠はその気になれない。ほ乳類にはいくらでも心で語りかけたいと思う獠だが、ワニの顔を見ていても言葉が浮かばないのだった。

結局、2日間この湖畔で過ごし、獠たちはこの殺風景な街を出発した。トゥルカナ湖岸を南下し、再びイシオロを目指すのだ。獠はルートを検討して、まずはコルの遊牧民集落を目指すことにした。一日でなんとか辿りつけそうなのだ。いつでも来てくれ、そう言われたことを真に受けて、もう一度彼らに会おうと思った。そして、長老たちに礼を言おうと心づもりした。彼らから聞いた話が、状況の判断を多いにたすけてくれたのは間違いないのだから。

おそろしく何もないダート道路を、ただひたすら走り続けた一日だった。時折出会うのは、ヤギとヒツジを連れた牧童たちだ。南下すれば少し大きな街場のサウス・ホル、東に行けばマルサビットという分岐を獠は迷わず後者に切る。昼過ぎに、カルギという街に辿り着いた。

一度通ったことのある場所なので、車に気がついた人々が寄ってきて、戻ってきた! と大騒ぎだ。昼時だが食堂のようなものは残念ながらない小さな街で、だが、チャイなら入れてあげよう、チャパティを焼いてやろうと、大いに親切にされた。以前、獠が配った嗅ぎ煙草の鼻薬がいまだ効いているらしい。礼にと煙草の包みをもう一つ贈り、しばし休憩ののち、もう目と鼻の先のコルに向けて出発するーーー

休憩を取っている間に、ヘンリーが情報を聞き込んできていた。

「冴羽さん、どうやら明日の満月に、集落で儀礼があるらしい」
「儀礼?」
「すべてのラクダが、今、各集落にもどる準備を始めてるそうです。家畜の安寧を願う重要な儀礼らしくて」

獠はしばし考えた。そんな大事な時に、村に押し掛けては失礼だろうか? と。だからその通りにヘンリーに聞いた。

「なんとも言えません。私もその儀礼を実際に見たことがあるわけではないので」

できれば、一日二日なりとも滞在したいと思っていた獠だが、場合によっては挨拶だけしてライサミスに抜けるかと腹を決めた。予定よりも大移動過ぎて明るいうちの移動で済むか心もとないが、致し方ない。

「とにかく、戻っても何もないのだから、進もう」

そう言って立ち上がった。ここからコルまでは2時間とかからない。ただ真っ直ぐな道を行くのだ。香が少し運転をするというので、ドライバーを託した。獠は助手席にそっくり返って、いつもの要領で窓の外を凝視する。被写体を逃さないハンターのようなところが、獠にはあるのだ。目がよいのが効いて、シマウマを見つけた。こんなほとんど砂漠でも、シマウマがいるんだなと関心する。だが、だからこそそれを襲うハイエナもこの地にはいて、しばし集落の家畜を襲うのだという話も獠は聞いていた。

そんな風に目を凝らしていたのと、香の運転なのでそれほどスピードが出ていなかったのが幸いしたのだろう、獠は道路からかなり離れたところで、盛大に手を振っている派手な若者を見つけた。

「香、停めてくれ。ヘンリー、あの男ってもしかして?」
「あ、この前ガイドしてくれた彼ですね」
「だよな」

見間違うはずがないダチョウの羽が、相変わらずふわふわと頭に揺れている。戦士君は槍を右手に優然とランドクルーザーに近付いてきた。
ヘンリーと二言三言挨拶を交わした。

「儀礼があるのに、こんなとこでブラブラしてていいのか?」と獠が問いかけると、「だからその段取りを伝えにコルに帰るんだ。なんなら乗せてってくれ」と笑顔で言う。

よくよく聞けば、各集落におよそそれぞれ200頭近いラクダが隊列をなして狭いエリアに一度に戻るということで、混乱が起きないようにいろいろと調整が必要で、この戦士君は相変わらずその伝令でラクダ放牧地と集落を行ったり来たりしているらしい。

「儀礼があるのに、俺らが立ち寄って大丈夫か?」と獠は尋ねた。
「長老に聞いてみるが、問題ないんじゃないか」と戦士君は屈託ないのだった。

「ガルが村に戻る日に、ロウのガルも村に戻ってきたって言って、長老たちはかえって喜ぶかも」

そう続けた。

ガル、とはレンディーレ語でラクダのことだ。やはり”リョ”の発音が難しいらしく、彼も「ロウ」と獠を呼ぶ。

「俺のはガルじゃなくて車なんだがな」とスワヒリ語で獠が言うと、それをヘンリーが翻訳する。

「だけど、この赤いのはロウの大事な大事な財産だろう? だったら俺たちにとってのラクダと同じだ。大事な財産は大事な日には村に帰る。これが大事なんだ」

それが世界の摂理である、といったふうに堂々と言い切ったラクダ遊牧民の青年に、獠は思わず笑みが溢れた。シンプルな世界観が、心地いい。


***

以前滞在した集落は、変わらず獠と香を迎えてくれていた。ラクダが戻ってくるからといって、特別な準備があるわけではなく、ただ少し、いつもよりほんの少しチャイを人に振る舞う回数が増える。長老たちは集まって決まった儀式を行う、そんな感じだそうだ。だから、儀礼の場所を見せるわけにはいかないが、村に滞在してもらうのはいっこうに構わないと長老たちは口を揃えて言ってくれていたのだ。

「香、こんな機会めったにないから、ちょっとだけ雰囲気を見させてもらおう」
「そうね、こんな機会、絶対にないよね」

そうしていると、ラクダの群れの先触れで届いたという「ラクダミルク」が獠たちに振る舞われた。
もちろん、ラクダだってほ乳類だから乳くらい出るだろう。だが、飲むのは二人とももちろん初めてだ。
一口飲んで、「なんのクセもないのね」と香は呟いた。聞けば、ラクダ放牧地ではこのミルクが主食になるのだという。
さらりと美味しいミルクだった。例に漏れず容器が燻煙されているので、少し香ばしい。
獠と香は多少、ミルクでお腹がタプタプになってしまったが、これもこの人々ならではのもてなしなのだろうと、出されるものは拒まずに飲んだ。

ミルクを飲み過ぎたのか、夜中、香はテントの中で目を覚ました。そうすると、カオリ、カオリと自分を呼ぶ小さな声がするではないか。
時刻はしかとわからないが、あたりは静かだ。

「カオリ、カオリ」

声は続けて呼ぶ。聞き覚えのあるようなないような声だけれどと思いながら、香は恐る恐るテントのジッパーを引き上げた。隣には獠がいるから大丈夫、そう思ったのだ。ゆっくりと顔を出すと、例のダチョウの羽の戦士君がテントの前でしゃがみ込んでいる。

「カオリ」

そうもう一度呼ばれた。えらく真剣な表情だ。

ーーーまさか、夜這い!? こんな遊牧の戦士に見初められても、困っちゃう。どうしたらいいの?? 

そう一瞬焦った。
だが、戦士君は真剣な顔で何事かを言うのだが、香にはさっぱりわからない。通じていないと戦士君も諦めたようで、両掌を自分の前で水平に広げて、そしてそれを自分の顔に近づけて匂いを嗅ぐ動作をして、そしてその手で上半身を摩り始めた。

香はようやくわかった。
ーーーもしかして、またニベアが欲しいの???

香は荷物の中からガサゴソとニベア(シャンプーだ)を、取り出してみせると、戦士君はうんうんと頷いている。
両手を広げるので、香は仕方なしにそれを手に出した。戦士君はそれをまたしても身体に塗りたくって、夜の闇に消えていったのであった。

香は手の中のニベアシャンプーをしげしげと眺める。これって、直塗りじゃ、やっぱり後で痒くなったりしそうなんだけど、大丈夫なのかな? とちょっと思った。
すっかり目が覚めてしまったので、テントを出てその前に座り込んで空を見上げた。

ほぼ満月の月が、香を見下ろしている。
この国で、このまん丸を見上げるのは、いったい何度目のことだろう?
月の光はどの場所で見る時にも変わらないはずなのに、この遊牧の村から見上げる月を、悲しいと香ははじめて思った。欠けた月は日本と見え方が違うけれど、まん丸な月は、日本で見るものと何も変わらない。その月を見て、なぜ悲しくなるのか自分で分からない。少し日本が恋しくなったのかな、と香はそんなふうに思う。そして唐突に幼い日を思い出した。

両親が交通事故で亡くなったことを、11歳の香はしっかり理解していた。散々泣いて、でも、泣いてばかりいたらダメだ、そう思って空を見上げた日が、やはりこんな月夜だった。夜を明るく照らしてくれる月に、きっと両親は行ったのだろう。そこからきっと見守ってくれているーーー死んだ人はお星様になる、そんな話も聞いたことがあったけれど、東京では星はよくは見えないから、だからお月様でいい。うんと辛い時は月を見上げよう、こんな満月の夜は、きっと両親がはげましてくれる。

小さいながらにそんな決意をして、兄に「これからは家事は私が頑張るね」と明るく宣言したのだ。
あれから、月を見上げなければならないような辛いことは、香には起こらなかった。ずっと、兄がいてくれた。社会人になってからは、辛さを感じる間もなかった。そして、いつの間にか獠が傍にいた。最近は、守られている、そう感じる時も実はある。だけれど、それ以上に、本当は自分こそ獠を守ってあげたい、もっと助けてあげたいと思うのはなぜだろう? だけれど、具体的に何ができるのかというと、よくわからない。それは仕事を手伝うことであるのかもしれないし、もしかしたら、自分がもっとカメラの腕を磨くことであるのかもしれないし……それ以上に、どうしてこんなに獠中心の考え方を、あたしはするんだろう?  

香は小さく溜息をついて、テントに戻った。まだ夜明けまで時間がある。

獠は青年戦士が近付いてきて、香に声をかけた気配に気付いていた。まさか危険なことはないと思うが、何かあればすぐに飛び出そう、そう思っていた。武器を持っている戦士だろうが、香に手を出そうもんなら容赦しないと、獠らしくもなく理性がぶっ飛んだことを考えた。
ニベアのやり取りがあって、青年が立ち去っていってから獠は自分に苦笑した。
遊牧民の青年が、いきなり香に夜這うわけがないのだ。厳しい慣習の中にいる青年なのだからーーー長老たちから散々話を聞いていたのに、つい自分脈絡で考えてしまった。あぶない、と獠は思う。こと、香のことになると、時折冷静さを失いかけている自分に、薄々気がついているのだ。

テントの中に戻らない香にも気がついている。きっと月を見上げているのだろうと、獠は想像する。自分も何気なく目が覚めたフリを装って、香の隣に腰掛けて夜空を見上げたい。そんな思いに捕われるのだ。
星空はいつも獠に安らぎを与える。月明かりは勇気を与えてくれる。陽の出とともに動き出す動物にレンズを向け続けてきた自分に、夜の空は鋭気を与えてくれるのだ。そこに香がいれば、もっと心が凪いで、心が自由になるーーー

だが獠はぐっと耐えた。
甘え過ぎだ、そう思っている。このままでは、香の世界を奪いかねない。だから、一つ決意をした。
ーーー日本に帰ったら、必ず実行しよう。香はもう、十分にその期待に堪えられているはずだ。
ぎゅっと目を閉じて、いつしか眠りに落ちた。

翌朝、日の出少し前に獠も香も起き出し、朝陽の中を、ヤギとヒツジが放牧地へと出発していくのを見送った。
その後は、いつもはブラブラしている長老たちが、何やら活発だった。夕方に戻ってくるラクダたちのために、家畜囲いを確認する作業があるのだ。

この村は「環状集落」といって、上空から見ると円形に小屋が並んでいる。ではその円の真ん中はどうなっているのかというと、アカシアの枝などで囲われた、家畜用のスペースなのである。つまり、村の外縁を各家で守っているという形をとっている。ある意味では、人よりも家畜の方が重要、と言えなくもない。
現在は、ラクダは留守のことが多いわけだが、それでもこの村の作り方は、ずっと守られている。何気なく並んでいる小屋の配置も、すべてその住人の格や関係性を現しているし、家畜囲いの配置もすべて意味がある。だから、簡単に変えることはできないのだ。
だが、普段は使われていないものでもあるので、たった2泊、戻ってくるラクダのために、集落住人総出で不具合がないかを確認するのだった。夏休みや年末年始の息子一家の帰省を楽しみに待つ、日本のおじいちゃんやおばあちゃんの心境に近いかもしれない。

この日、夕暮れより少し早い時間に、ヤギとヒツジの群れが戻って所定の位置に納まった。やがて、日が暮れるかという時間に、”ンゴォォォォ”というような独特の鳴き声と、”カラコロ、コロン”という木鈴の音を響かせながら、ラクダの一群がやってきた。集落の手前で一度停まり、順番にそれぞれの囲いの中に大人しく納まっていく様は、なかなか見物だ。失礼ながらとても頭脳が優れているとは思えないひょうきんな顔であるのに、家畜としては非常に優秀な生き物だということが、それだけでもわかる。

獠はあまり近付くことはせずに、遠くからその様子を見守った。写真撮影の許可は貰ったので、香がやはりカメラを構えた。
ダチョウの羽の青年に負けず劣らずの派手な装飾の戦士たちが、写真を撮れと香にねだる。香もそれではとカメラを構えるが、獠の目にも被写体たちはカメラに慣れていないがために、顔面が硬直してしまっている。こんな場所では、そんなポートレイトではなくて、自然に仕事をしている彼らをカメラに収めるべきだろうと獠は思うが、自身はやはりレンズキャップを外す気にはなれないーーー。

いつもは女子供の姿が圧倒的に多いこの集落が、俄然、賑やかさを増している。
だが、ラクダを無事に連れ帰った若者たちは、長老たちに恭しく挨拶と報告をすると、あとはまかせたとばかりに集落を再び離れるのだ。なんと、夜遊びに行くのである。その前に、彼らには是非ともやらねばならないことがあったのではあるが。

写真を一通り撮り終えた香は、ほとほと困り果てている。
”ニベア行列”が香の前にできているのだ。ダチョウ青年の”いい匂い”のもとが香の持ち物だとわかり、戦士たちは我も我もと列を作って順番を待っている。

「獠、どうしよう……」

困り果てた香は獠に助けを求める。

「大人気だな。俺のも提供しよう」とやはり、手持ちのニベアシャンプーを香に放って投げた。

「獠だって持ってるんじゃない! なんであたしばっかり」と香は頬を膨らませた。

獠だって頭は洗うのだから、ニベアぐらい持っている。なにしろナイロビで一番手軽に変えるシャンプーなのだから。ただそれだけのことだ。だが、もうナイロビに戻るのが視野に入ってきたから、ボトルごと戦士たちにあげてしまえばいいものを、そうせずに一人ずつの手に律儀にニベアを搾っている香が面白い。

「人助けだと思って、頑張れ」と獠は笑って、一人散歩に出かけるのだった。

実は、ラクダが集落に帰ってくる日というのは、若い男女が久しぶりに顔を合わせる時でもあるのだ。男性に生まれればラクダの世界へ、女性に生まれればヤギとヒツジの世界へと彼らの道は別れる。ラクダが好む食べ物と、ヤギやヒツジが好むものは違うので、たとえ、幼なじみのように育っても、十歳になるかならないかでまったく違う道を歩み始めるのだ。そんな若者が、この日は集落で再会する。それは、甘い甘い恋の囁きなどとは程遠い、月明かりの下での激しいダンスパーティーだ。

青年たちはこの遊びに余念がない。そして、ちょっとでも”良い匂い”をさせたくてたまらないのだ。
不思議と女性はこの列に混ざらない。彼女たちは、匂いのするものよりも、美しいビーズや装飾品に関心が強いのだ。
だから、今夜の彼らのダンスパーティーは、ニベアの香り漂う不思議なものになるだろう。

このダンスパーティーは、この遊牧民の伝統的な遊びというか、一種儀礼と言ってもいいものだ。自分たちで歌い、囃子をいれる。楽器は何一つも使わないのだが、男女が身につけた重量感のある装飾品が、彼らが跳ねる時に絶妙のリズムを刻む。青年たちが集団でパフォーマンスを見せれば、それに女性陣が答える。この応酬が見物だ。これは未婚の男女の遊びなので、香もニベアのお礼にと連れて行かれて見よう見まねで混ざった。

ちなみに獠は青年たちからはおっさん階級に見られているので、仲間にはいれてもらえない。なぜなら、獠はすでにラクダ(実際には車だが)を持っている。ということは、彼らの常識の中ではもう既婚の長老階級なのだ。実は、彼らが1年365日をかけて世話しているラクダは、そのほとんどが彼らのものではなく親世代のものだ。いずれ相続するわけではあるが、とにかく彼らは戦士階級のうちは、家畜さえ所有していない、そういう社会の仕組みなのだ。若さ故に、勝手にラクダを現金化してしまう歯止めを、ここでかけているとも言える。

日付が変わる頃に、香はヨタヨタと集落に戻ってきた。

「跳ね過ぎて疲れちゃった」と言いながら、ひどく楽しそうだ。ヘンリーも混じることのできない遊びなので、香はほとんど言葉の通じないところで、若者にもみくちゃにされたのだろう。だが、その頬は、思わぬ異文化体験に上気していた。

「良い体験ができたな」
「ええ。でも、私はとても遊牧民にはなれそうにない」
「それはそうだろう、まだお前はここでは4歳児並の能力しかないらしいからな」
「そうですとも! 私はカメラマンであって、遊牧民じゃありませんから!」
「そうだな。明日も早い。もう休むといい」
「はーい」

そう言ってテントのジッパーを引き上げた香は、懐中電灯をその中に向け「きゃぁ」と悲鳴をあげた。


ーーー続く


ブルーマウンテンに輝く星 41

獠と香、そして通訳兼ガイドのヘンリーは、8日間をマルサビットで過ごし、そして9日目にさらに北部を目指して出発した。マルサビットのチェックポストを出て右手に進めば基幹道路でそのままエチオピア国境に続く。エチオピアはケニア以上に高地の国なので、この道はゆっくりと上り坂が続く。また、この街道はケニア陸軍が時折警戒にあたっているので、強盗事件は比較的少ないエリアだ。獠たちが進むのはこの道ではなく、幹線道路を外れて北西方向へ向かう道だ。こちらは逆にどんどんと標高を下げていく道で、カラチャという街を通り抜け、ノース・ホルというこの地域の中心の街を目指す。およそ200キロの道のりだ。この街の南側に、チャルビ砂漠が広がっている。獠と香が過ごした遊牧の村があった場所と、負けず劣らずの乾燥地で、全体的に、ガブラ族というラクダを飼う人々の世界だ。

「香、体調は大丈夫だな?」
「大丈夫。万全よ」
「おまえはすぐに我慢するから、ここからは酷くなる前に必ず言えよ」

そう優しく言われると、香は何か調子が狂うように思うのだ。かつては「つかえねぇやつ」とよく言われていたし、今はそれこそもうなくなったが、たまに気遣われても、妙に分かりにくいところがあったのだ。だが、ケニアに来ると、過剰に心配されている気がするのだった。もちろん、優しくされるのは嬉しいが、それに甘え過ぎたくはないと思っている香でもあった。

相変わらずの悪路をガタゴトと車は走る。カラチャの街を通り過ぎたあたりで、ラクダの群れに遭遇した。実は、これが二人にとっての初ラクダだ。カラコロと木鈴を響かせて、若い男性が30頭近いラクダを連れて歩いている。ちゃんと隊列を作って歩いているのが見事だった。暑さのためだろう、毛がほとんどない白っぽいヒトコブラクダのようだった。
砂漠の彼方に蜃気楼が見えている。その幻想的な蜃気楼を背景に、ラクダが長い脚をゆっくりと前に踏み出している。獠は車を止めて、しばしそのラクダの群れを眺めていたが、車を降りて撮影を始めた。勝手に撮って大丈夫かと心配したが、ラクダを連れた青年はにこやかに笑って手持ちの杖を振ってみせた。

「草も木もないのに、いったいどこに向かおうっていうんだろう」

獠はそうスワヒリ語で一人ごちた。

「たぶん、ですが、井戸に水を飲ませにいくんでしょう。こんな時間に放牧には出かけないだろうから」とヘンリーが答えた。
「君は遊牧の経験はないんだろう?」
「ないけれど、知識としては少しは知っていますよ」

ラクダを連れた青年が、近寄ってきて気さくにジャンボと声をかけた。だが、スワヒリ語は残念ながらカタコトだ。オリックスを知らないかとなんとか問いかけたが、聞いたことがないとの返答だった。

「ここも公用語が勉強できない世界なのか……」と獠はポツリと呟いた。
「ラクダ遊牧民の世界に生まれれば、5歳ぐらいからヤギやヒツジの世話を始めるんです。プライマリースクールは8歳から通えるんですが、これに行ける子もいれば、行けない子もいる。教育は無償化されているけれど、家畜の世話をしなければならないから学校にはいけないことのほうが多い。10歳を過ぎれば、ラクダの世話にシフトするんです。そのまま結婚するまでは、ずっと牧野で過ごす。結婚すると、集落で暮らして子供を作る。その繰り返しです」
「教育を受けていないから、どこか別の場所に移り住んで就職するのも無理、ということか」

伝統的生活、そういう風にいえば聞こえが良いのかもしれない。古来からの生活スタイルを守って生活している。守っているというか、これしか方法がないのだろう。だが、これも良い点ばかりでは絶対にないはずだ。なにしろこの自然環境だ。
こんなふうに選択肢がない人生という状況にあることが、獠にはよくわからない。いや、正確には自分自身も選択肢を与えられずに生きてきたとずっと思ってきたのだ。だが、この北ケニアにきて考えが変わり始めていた。自分は学校にこそ通っていないが、なんだかんだ言って十分すぎる教育を受けてきて、こうやって自力で世界の果てまで来ることができる。仕事と、そしてそれ以上の自分のライフワークとしてだ。とても、自由に生きているのだ。
ーーーこのスキルの基礎のすべてを与えてくれたのは、オヤジ、か。
獠は、恨んだことしかない父を、少し、ほんの少しだけ違う風に考えてみようと思い始めていた。このところ時折父親を思い出すことが増えているのは、こういうことなのかとも感じ始めている。

しばしラクダの群れを見送って、獠は車に乗り込んだ。目的地のノース・ホルには昼過ぎについた。ここに辿り着く間に、何度かラクダの群れに遭遇していた。聞けば「ラクダ街道」と呼ばれる道なのだという。
ここでさらに聞き込みして情報が得られればラッキーだ。だが、獠はだんだんと確信を持っている。血が騒ぐと言ったらおかしいが、何事かが起こる予感がするのだ。

気温がやたらと高い。真っ昼間に動き回るのはよくないと獠は判断した。
どこか休憩できるところはないかと、昼食をとった店で訪ねると、旅行者用のキャンプサイトがあるから、そこを使うと良いと教えられたので、町外れのそのサイトに向かった。こんなところにも旅行に訪れる人はいるようで、やはり「秘境ケニア」はまったくの秘境というわけでもないらしい。

獠は木陰にマットを敷いて、そこにゴロリと横になった。熱風が吹いていて、木陰程度ではなんともならないが、ないよりましだった。

「香もヘンリーも、よく休んでおけ。今日は、何か起こるから」

目を閉じてそういう獠をヘンリーはしげしげと見つめ、そうして香を見た。

「彼は、変わった人だな」
「でも、獠が何かが起こると言ったら、起こるのよ……」

香も獠を真似て横になった。地面の熱が背中から直に伝わってくる。空が抜けるように青い。地上はこんなに乾いているのに、空には真っ白な雲がちらほらと広がっている。だがそれは、雨をもたらすものでは絶対にないと香にも分かる。朝が早かったせいだろうか。こんなに暑いというのに、眠りに落ちた。
1時間後、香はむくりと起き上がった。獠も体を起こしている。

「獠? 今日はここに泊まるの?」
「わからん。考えがまとまらないんだ」

獠は空をじっと見つめている。

「ちょっと砂漠を偵察してくる。現場を見ないと、なんもわからんから。まだ暑いから、香はここで待ってろ」
「一緒に行くわよ」

アシスタントなのだ。どこへでも一緒に行くのが勤めだ。結局、ヘンリーも一緒にランドクルーザーで砂漠に向かった。街を外れると、道はさらに狭くなっていく。行き交う車が少ないのだろう。
ガイドなどなくとも、チャルビ砂漠にはいったことは一目で分かった。獠は車を道路脇によせ、仁王立ちになってその光景を見つめた。相変わらずの熱風が吹き抜けている。見渡せる範囲に木はない。森があるのか? と目を凝らせばそれはやはりゆらめく蜃気楼なのだった。足下にはモザイク模様にひび割れた大地が、広がっている。一種異様とさえ言える光景だった。健康的な青い空に、白茶けた大地はまるで血の気を失った病人の肌のように見える。あまりに不健康な大地ーーー

「凄い場所ね……」

香が獠の隣にたった。

「もっと、白いのかと思ったが」

塩の砂漠と聞いていたが、塩の白さは残念ながら感じられない。
獠はカメラを首に下げて、道路を外れて砂漠に足を踏み入れた。「砂漠」とは言うが、地面はおそろしく固い。砂がカチコチに固まっているのだ。獠は躊躇することなく、どんどんと前に進んでいく。少し駆け上がりのように地面が盛り上がったところ超えると、獠は足を止めた。

「なるほど……」

かつて編集者が言った「終わりの世界」の意味が分かった気がした。道路に近い場所は、塩は薄化粧程度だが、遠く見渡すほどに白さがます。空の青と白い大地のコントラストが見事だ。だが、あまりに無機的なその世界。

地球のエネルギーは、本質的には太陽の光がその根源だ。石油も石炭も、太古の昔に陽の光を浴びて育った植物が変化した形であるし、手軽な燃料になる木材ももちろん太陽の光なくして育たない。
植物も同じで、光合成を行ってその体を成長させ、それが食料となって人間のエネルギーに変換される。家畜も太陽を浴びて育った植物を食べるから、やはり太陽光なしには存在できない。だから、燦々と降り注ぐ太陽の光は地球には命の恵みと同じなのだ。だがこの場所は、猛烈な光を浴びながら、それを吸収するすべをもたず、ただただ反射熱を発し続けるだけだ。それは、何ものにも、誰にも利用されることなく、ただただこの灼熱の大地で垂れ流されているーーー終わりの場所。何も始まらない世界。

獠はほうとため息を吐いた。確かに、その続きを紡ぐことさえ拒否するような世界の終わりが、確かにここにある。
だが、何かむずむずとするのだ。
しばらくその光景を見つめ、ファインダーを覗く。青と白の世界が広がっていた。
ーーー違う。こんな色じゃ、ないはずだ。この世界を説明する色は、こんな色じゃない。

それでも獠は何度かシャッターをきり、そうして香とヘンリーを振り返った。

「戻るぞ」

厳しい顔つきで獠は車に戻っていく。独特のオーラを、獠が放ち始めたことに香は気がついた。こういう時は、あまり声をかけないほうがいいのだと、経験的に香は知っている。

キャンプサイトに戻ってからも、獠は難しい顔で一言もなく空を見つめていた。地図を胸ポケットから取り出して、しばらく睨みつけるように眺めている。この場所に泊まるのであれば、そろそろ夕食の準備を始めた方がいいのではないかと、香は立ち上がった。

「獠、泊まるならそろそろ準備を」
「いや、出発する」
「出発って、もう日が沈むわ」
「分かってる。ヘンリーを呼んでくれ。すぐに起つ」

次の街、トルゥカナ湖岸のロイヤンガラニまで100キロだ。到底、日のあるうちに辿り着けないだろう。だが、日暮れ後にダート道路を走るなど、危険極まりない自殺行為だ。いったいどうしょうというのか香は聞きたいが、獠の雰囲気に圧倒されて何も言えなくなる。

獠はなんの説明もなしに車を動かした。あまりの気迫にヘンリーは口出しができない。危険だと、ガイドだから言うべきなのに。
曲がりなりにも道路と言える道をはずれ、砂漠の南端に近いところを走る怪しい小径を獠は選んだようだ。所々、岩場のようなものに両側を囲まれる。相当の悪路だ。砂漠の中で車の重量に耐える道路は、こういった場所に作られるらしい。
人の気配はもちろん、動物の気配も皆無で、もしもこんなところで車が故障したらと、一瞬香は恐怖を覚える。文字通りの立ち往生だろう。だが、不吉な想像はすまいとその考えを振り払う。

まさに日が沈もうとするその直前に、数頭のヤギを連れた10歳くらいの少女に出会った。薄闇から唐突に現れたように思えて、香は思わず悲鳴をあげそうになる。こんなところに、なぜ子供がいるのか。

獠は車をとめて、窓から顔を出して「ジャンボ!」と声をかけた。そうすると、恥ずかしそうに日除けにしている布を目深に被って、少女は道路を外れていく。ヤギが首につけた木鈴の音が響いていた。
その背中を見送り、獠はポツリと言った。

「ここで、テントを張る」

その言葉に香は目を見開く。

「こんなところで? 何もないわよ?」
「食料も水もある。問題ない……それに、このあたりにオリックスは必ず現れる」

そう言って、エンジンを切った。
車を降りて、荒野に足を踏み入れる。太陽が沈みかけている。ひび割れた大地に沈む太陽だ。獠はファインダーを覗いて、その色味を確認する。悪くないが、まだ違う。違和感の正体が分からないが、ここに留まれとおのれのカンが告げている。

本当にオリックスが現れるのか? 
そんなことは本当は獠にはわからない。だが、遊牧の少女がいた。これから集落に戻るのだろう。ならば、あの子供が歩ける範囲に人が暮らしているということだ。そして、ヤギが好む植物も必ず移動範囲内にあるということだろう。
見渡す限りそんな場所があるとは思えないが、数日の遊牧の村での滞在は、獠に多くのことを教えていた。人と家畜がいる限り、歩ける範囲に植物と水がある。これは確実なのだ。
だから、この砂漠にオリックスがいるとすれば、こういった場所にきっと暮らしているのだと、そう思うのだ。

日中の熱射は時間とともに治まっていくが、テントの中にいられる陽気ではない。それ以上に、獠は何やら気がはやって眠れずに、適当な場所を見つけて地面に座り込んで星空を見上げた。180度全方向の星空は、なかなか迫力がある。
獠は飽きずに空を見つめ続けた。下弦の月が輝いているが、この圧倒的な星の光を制する力はないらしく、星は驚くほど鮮明に見える。

人の近付く気配に、獠はそのままの姿勢で言った。

「眠れないのか?」
「獠こそ」
「眠るのがもったいないような夜だ」
「まるでプラネタリウムみたいな空ね」
「だな。……ここ、どうぞ。ちょうど座りやすいんだ」と獠は隣を指差した。どこに座ろうが変わらないのだが、香に隣にいて欲しかった。

香は獠の隣に静かに座り込んだ。
本当にオリックスは現れるのか、香は半信半疑だ。だが、見上げる夜空の迫力に、香は全ての言葉を飲み込む。幾千、幾万の星が瞬いている。星の一つ一つが、日本から見上げる空に輝くものより大きく見える。獠にそれを言うと、だが 、同じ星であるのに違いないと淡々と返された。


***


ーーー香、起きろ。

その声が遠くに聞こえて、香はゆっくりと眼を開けた。いつの間にか、地平線に薄っすらと光の筋ができている。朝陽だ、そう思うと自分の頬の下に感じる布地と適度な弾力に気がついた。頭で地平線と分かっているのに、なぜ垂直に見えているんだろう? そう思ったらいっきに意識が覚醒して、身体を起こした。

「おはよう」

獠がそう言って笑顔を見せる。なんと、獠の膝枕で寝てしまっていたのだ。

「ご、ごめん……」
「カメラ、すぐ用意しろ。朝焼けだ。いい色合いだ。これが撮りたかった」

獠は膝枕を気にしたふうでなく、静かに立ち上がり、車に向かう。香もそれに従った、お互い、カメラを持ちポジションを決める。
藍というにはわずかに明るい青い星空を、地平線からの太陽の光が制しようとしている。居残ってしまった月は、その光を弱めていく。
そして、オレンジに染まりはじめる空。

やがて獠は低く呟いた。

「来る」

香はその獠の声を確かに聞いた。直後、視線の先の小高い丘の頂上に、その優美な生き物は突然姿を現した。

体高およそ1.5メートル。砂漠の色に見事に溶け込んだベイサオリックスだ。四肢の一部の漆黒が見事なアクセントになっていた。まっすぐに伸びた二本の角は、体高に匹敵する長さだ。朝陽を浴びて、それは神々しく黒光りはじめている。今はもうのっぺりとした白色になった月が、背景になっていた。
あたりを伺うように見回している最初の一頭に寄り添うように、次の一頭が姿を現した。少し小ぶりだが、やはり優雅な角を持っている。
背景の朝焼けの色合いが、薄く広がる雲を巻き込んで複雑さを増しはじめている。ひび割れた大地の陰影がひと際濃くなっていった。

砂漠、オリックス、月、そして朝陽、そのすべてが同居しはじめていた。獠は自然にその口角があがる。
ーーーこの有明の月を、お前のその見事な角が背負うように、ーーーそう、そうだ。いい子だ。
獠の心の声が届いたのか、オリックスは顔をこちらに向け、獠をまるで睨みつけるように背を伸ばした。

シャッター音が断続的に続いていた。獠は、この瞬間が分かっていたかの様に、息を止めている。
息をつけば、オリックスに気づかれてしまうだろう。それはまるで、戦場か何かでの、命をかけた駆け引きのようだ。

総勢で20頭程度の群れだった。獠は息を潜めながら、シャッターを切り続けた。
オリックスが立ち去って行き、獠はほうとため息をついた。何時もの、獠の仕事終わりのため息だ。そしてこのため息が出るとき、一つの傑作が誕生する…………

「香、ありがとう」

獠はそう言ってレンズキャップを嵌めた。

「あたし、何にもやってない」
「いや、お前のおかげだ」

香もカメラを構えたのだが、一枚も撮らなかった。いや、撮れなかったのだ。
獠が独特のオーラで被写体に向かう時、いつも香はその隣で息を止めるのが常だった。それはもう、初めて獠のアシスタントになった時から変わらない。自分の息づかいや立てるシャッター音が、獠のカメラのリズムを乱す、そう感じるのだ。もちろん、ここまで緊張感が高まる撮影がいつもというわけではないが、獠がなんとしても撮りたいと強く願うとき、こういう空気になるのだった。

獠は獠で、やはり香が自分に幸運を連れてきているのだと、思っていた。
撮りたいと思っていたオリックスとチャルビ砂漠を、同時に撮ることができた。そこまでを望んだわけではなかったのに。そして、「終わりの世界」に見つけた命に、感謝もしていた。思い込みを捨てよ、そう言われている気がした。限界など、所詮自分が決めるのだ。そのキャップを取り払ってしまえば、どこまででもいける、獠はそう思った。

だが、これで、今回の北ケニアでの目的はほぼ終わったと言っていい。あとは、トゥルカナ湖をまわってイシオロまで戻るという行程になるだろう。

朝食を簡単にすませ、湖岸の街、ロイヤンガラニを目指した。
実は獠はかつて、別ルートからこのロイヤンガラニまで来たことがある。初めて、ケニアにやってきた年だから、もう10年以上も前になるだろう。東岸に化石人類が発掘された場所があるということで、ミックとやってきたのだ。だが、その年は、西側のロドワという比較的大きな街を目指し、そこから湖岸沿いにロイヤンガラニを目指したのだった。当時は今以上に北ケニアは謎に満ちた地域で、人類化石の遺跡もないということで、ミックと獠は主にケニアの西側を中心に走り回ったのだった。賑やかで楽しい旅だったと、獠はちょっと懐かしい。
だが、もうすぐそのロイヤンガラニだというのに、左目の奥が酷く痛み始めていた。無理をすればもたなくないと思うが、車の運転をミスったらシャレにならんと車を停めた。

「香、すまないが運転代わってくれるか。道はもうまっすぐ一本だ。トゥルカナ湖畔のロイヤンガラニまで行く」
「どうしたの? 大丈夫?」
「ちょっと頭痛がするだけだから、気にするな。だが、砂漠を早く抜け出そう」

そう言って獠は、運転席を降りて助手席にまわった。
香が車を動かし始めると、獠は目を閉じてこめかみぐっと抑えた。車の振動がダイレクトに脳に届くように、鬱陶しい痛みが続いている。だが、少し感謝もしていた。これで余計なことを考えなくてもよいーーー

実は今朝、撮影が終わって落ち着くと、唐突に香を抱きしめたいと思ったのだ。抱きしめて、それ以上のことを望む衝動を抑えるのに、かなり苦労していた。二人で見たいと思った世界を、実際に見ることができたことも、望む以上の絵が撮れたと確信できたことも、すべてが高揚感につながっていた。さらにそんなことよりも、一晩身体をよせあっていたから、膝枕ではあったけれどーーーそのことが、獠の香への思いをもしかしたら濃縮してしまったのかもしれない。

昨晩、空を見上げていると、香がいつの間にか自分に身体を預けるように眠ってしまったのだ。こんな荒野で、警戒心がない女だなぁと思いながら、もしかしたら自分といる時はこの女は安心するのだろうかとふと思ったのだ。
頭を膝にのっけて髪を梳いてやっても、起きる気配もくスヤスヤと眠っている。ずっとそうしていたら、愛しさが込み上げた。もう、この女がいない世界など、自分にはあり得ないと酷く実感していた。だが、こんな砂漠で何をどうしようっていうんだと、心を落ち着けたのだ。

撮影中は無心だ。ただ、そこに広がる現実を写し取る。
こんな砂漠に、奇跡のように姿を現すオリックス。明るくなるとともに、唐突に、空からの絵が浮かんだ。砂漠を駆け抜けるオリックスを、空撮したらさぞ美しいだろう。実際には地面で撮っているわけだが、そういう空気感を込めたいと思いシャッターをきったのだ。あとになれば言語で整理できるが、撮影中はいくつもの絵が頭に浮かんでくる。彼らが木陰を見つけて佇む様まで空想できる獠だった。

撮影が終わると、自分がこうやって心を自由に被写体に向き合えるのは、香がいてこそなのだと改めて思うのだ。そんなこんなで、香のことで頭が一杯になる。それを振り払うためにミックとの楽しい旅を思い出そうともした。頭痛が始まってからは思考自体放棄した。

ーーー今、考えたってどうしようもないってことだろう?


***


この頃、新宿のSTUDIO SAEBAには、テレビ番組のオファーが届いている。

『グレート・プラネット』と題された、某公共放送の全5回シリーズのスペシャル番組の1回分に、冴羽獠に出演して欲しいというのである。かすみはすぐにオファー元に連絡をいれている。

「冴羽はただいまケニアロケに出ておりまして、すぐにお返事ができないんです」
「待ちますので大丈夫です。この企画はぜひ、冴羽さんにと思ってます。企画内容を、何かの手段でお伝え頂けますか?」
「ナイロビには連絡できますので、ファックスで流しておきます。ですが、今回僻地ロケと聞いてまして、いつ戻ってくるのかもわかりません」
「僻地、それは頼もしいですな。ますます冴羽さんにお願いしたい」
「必ず、伝えます」

そう言って電話を切った。
かすみは企画書をパラパラと捲り、これはたぶん獠は受けるだろうと思った。
ロケ地がケニアなのだから、たぶん断る理由がない。かすみは、ナイロビのオフィス・シンバにファックを送った。
しばらく待ってから、確認のために国際電話をかけた。

「岩本さんですか? 私、麻生かすみです」
「かすみ君か。今、ファックス届いたよ」
「冴羽さんに、お渡しください」
「うん。わかってる。実はこれ、ケニア分の制作はウチが受けてるんだ。最初は別の人だったんだけど、俺が画策して冴羽ちゃんにしてもらった」
「またそんなことを……」
「だって、このテーマはどう考えても冴羽ちゃんだ。ミックも入ってるの、気がついた?」
「あ、そうですね」
「あの二人でやるの、楽しそうだろう?」
「公共放送に流して大丈夫なんでしょうか、あの二人の漫才みたいなやりとりを」とかすみは笑った。
「大丈夫さ。ミックは女神を得てすっかり落ち着いたようだし、冴羽ちゃんもね」
「……香さんと、まとまったんですか?」
「それはまだのようだが、もう時間の問題だろう。もう二人の世界が出来上がってるから」
「そうですか」
「かすみ君、大丈夫?」

獠に片想いを知らぬ岩本ではないが、もう、あの二人の間にかすみが入り込むことは不可能だろう思うのだ。かすみは十分に若く魅力的だ。野次馬な岩本は、早く次の恋にいけと、いらぬおせっかいの心が働いた。

「大丈夫ですよ?」
「そっか。キミも一度こっちにこないか?」
「いえ、私はアフリカには興味がありません」
「そうか。……冴羽ちゃんの帰りは未定なんだが、戻ったら必ずかすみ君に連絡するよう、伝えるから」
「よろしくお願いします」

かすみは電話を切って、しばしそれを凝視した。
実家からは、いつまで種馬確保に時間がかかっているのかと、催促が煩くなっていた。獠が個展で話題の人ともなって、麻生家に引き込めるなら今が一番であるのに、それが叶わぬのなら、仕事もやめて家に戻って来いと言われているのだ。
たぶん、見合い話が待っているのだろう。

ーーー潮時なのかもしれない。

自分がこのスタジオを辞めても、もはや獠は困らないだろう、そんな気になっていた。
恋の鞘当てをやってきた麗香も、ここの所何か思うところがあるのか、かすみと話をすることもない。
皆それぞれの道へーーーそういうことなのだろうかと、かすみは考え始めていた。


ーーー続く

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プロフィール

サバ猫

Author:サバ猫
サバ猫です。
2015年秋、突然CH中毒になりました。
サエバスキーです。
冴羽獠の精神を辿る旅をしながら、幸せな冴羽一家を構築中。

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